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映画「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」

.11 2020 映画 comment(0) trackback(0)
この映画は上映している映画館が少なく、
ららぽーと横浜まで車を飛ばして見に行ってきました。
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私も妻も、事前に映画の内容を細かくチェックすることはないので
おおいに誤解をしていて、前作とは違う話を期待していました。
ところが、ストーリーは前作とほとんど同じなのです。
大幅に増補されていたのは、遊女白木りんとの交遊の話で、
上の写真の花見のシーンがそうです。
遊女りんが持っていた身分証はすずの夫の周作が
ノートの隅を切り取って作ったものだということが
わかるようになっていて、
昔深い関係にあったことが暗示されていました。

この話以外にも前作ではカットされていた
生活のこまごまとしたディーテイルが補強されていました。
私が疑問に思ったのは、食料は大いに欠乏しているのに、
かまどの薪だけはふんだんにあることでした。
呉に山林がそれほどあるようにはみえないのです。
もっとも松林で焚き付けの松葉拾いをするシーンは
懐かしく見ました。
「お爺さんは山へ柴刈に」の意味が分からない
都会の人には何のことか分からないでしょうが。

この映画をこれから見に行かれる方は、
前作をもう一度鑑賞し直すという気持ちで
行かれたほうがよいでしょう。

ともあれ私としてはふるさとの石見弁とよく似た広島弁を
懐かしく聞いていました。
最近のテレビでは田舎の人の発言には
標準語に翻訳した字幕スーパーがついていますが
この映画には字幕はないので、
東日本の人は理解できるのだろうかと心配になりました。

プロゴルファーの渋野日向子(岡山出身)が、
広島弁では「じゃけぇ」が岡山弁では「じゃけん」に
なると言っていましたが、
島根県の石見弁では「だけぇ」と言います。
標準語  「そうだから」  「だから」
→石見弁 「そうだけぇ」  「だけぇ」
→広島弁 「そうじゃけぇ」 「じゃけぇ」
→岡山弁 「そうじゃけん」 「じゃけん」
となるのです。

また、桃の節句は島根県と同じく
呉でも一か月遅れでやることがわかりました。
だから節句と花見が重なるのです。

いずれにせよ上映時間が3時間と長いので
トイレの近い方は座席を通路寄りにしておくとよいでしょう。

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映画 "Yesterday"

.13 2019 映画 comment(0) trackback(0)
ビートルズが日本にやってきたのは私が高校3年生の時だった。
1966年7月2日(土)、当時土曜日は高校は半ドンだった。
ところがこの日、午後から文部省の能検テストがあったのだ。
このテストを受けると夕方4時~5時に放映される山陰放送の
ビートルズの武道館でのコンサートを観ることができない。
まじめな学生ということになっていた私は、先生にだまって帰宅し、
この放送を見た。ビデオデッキが発売されるのはこの10年後だ。
当時全国的に能検テスト反対運動があったためだろうか、
後から担任に呼び出されることはなかった。

しかしこの映画、実にいい映画です。
ビートルズの曲が流れてくると、なぜか目頭が熱くなってくるのです。
年を取ってと涙もろくなったのでしょうか。
団塊の世代にお勧めの映画です。
2019-11-10 (2)
あらすじ(公式サイトより)
「舞台はイギリスの小さな海辺の町サフォーク。シンガーソングライターのジャックは、幼なじみで親友のエリーの献身的なサポートも虚しくまったく売れず、音楽で有名になりたいという夢は萎んでいた。そんな時、世界規模で原因不明の大停電が起こり、彼は交通事故に遭う。昏睡状態から目を覚ますと、史上最も有名なバンド、ビートルズが存在していないことに気づく
自分がコレクションしていたはずのビートルズのレコードも消え去っている摩訶不思議な状況の中、唯一、彼らの楽曲を知っているジャックは記憶を頼りに楽曲を披露するようになる。物語はジャックの驚きや興奮、戸惑いや葛藤、そして喜びがビートルズの珠玉の名曲とともに語られていく。何気なく友人たちの前で歌った“イエスタデイ”がジャックの人生や世界までも大きく変えていくが、夢、信念、友情、愛情…ビートルズの楽曲が人生のすべてのシーンを豊かに彩る。」

十二国記

.28 2019 映画 comment(0) trackback(0)
地下鉄の銀座線日本橋駅に着いたのが夕方5時前。
6時からのクラス会には早いし、どう時間をつぶそうかと思ったら
丸善がありました。
あざみ野では勝木書店が店じまいして、私は本屋に飢えておりました。
本屋にいればいくらでも時間はつぶせます。

そこで発見したのが、小野不由美の十二国記の新刊本。
18年ぶりの書下ろし新作!が山積みになっています。
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一冊を手に取って支払いカウンターに持っていったら、
女性店員が「お客様、一巻と二巻が同時に発売ですよ」というのです。
私が二巻目を取りに引き返そうとしたら、
「ここでお待ちください」と彼女は駆け出して二巻目を持ってきてくれました。

彼女も十二国記の大ファンで、若い時に読んでから嵌ったのだそうです。
確かに、この物語は、現代の女子高生が蝕の時にこの十二国に
スリップしたことから始まるのです。
彼女としては十二国記はもっともっと続いてほしいのだとか。

私は3年ほど前に偶然図書館で手に取って全十巻を読み終えています。
来月には続きの三巻と四巻が発売されるらしいのですが、
本屋難民はどこに行けばよいのか。

(追伸)
十二国記をご存じない方のために、
NHKで2002年4月~2003年8月まで45回にわたり放送された
アニメ「十二国記」第39話のYoutube を載せておきます。
初勅(新王が最初に発した勅令)の場面が印象的です。
たぶん中国で放送されたものの海賊版です。

真実 La Vérité

.15 2019 映画 comment(0) trackback(0)
3連休が終わるのを待って、
話題の映画 「真実」 La Vérité を観に行きました。
是枝裕和の脚本・監督作品です。
La Verite
映画COM解説
『フランスの国民的大女優ファビエンヌが自伝本「真実」を出版し、それを祝うためという理由で、アメリカに暮らす脚本家の娘リュミールが、夫でテレビ俳優のハンクや娘のシャルロットを連れて母のもとを訪れる。早速、母の自伝を読んだリュミールだったが、そこにはありもしないエピソードが書かれており、憤慨した彼女は母を問いただすが、ファビエンヌは意に介さない。しかし、その自伝をきっかけに、母と娘の間に隠されていた愛憎渦巻く真実が次第に明らかになっていく。女優として優れていることを何よりも優先するファビエンヌをドヌーブ、娘のリュミールをビノシュが演じた。』

日本語吹き替え版は一日3回上映ですが、字幕版は一日1回です。
フランス語が多少わかる身としてはやはり字幕版を観たいものです。
公開から5日目の平日ですが席は半分埋まっていました。
字幕版にしてはけっこうな人気でしたね。

親と子の確執、愛憎というのは洋の東西を問わずあるものです。
お互いに思い違いをしているということもありますからね。
是枝監督は家族というものをいろんな角度から描こうとしているようです。
私と二人の息子たちの間にも、やはりこういう行き違いというのは
いまだに存在しているのでしょうね。

"timing"(タイミング)という単語はそのままでもうフランス語になっていて
家庭教師のマダムがよく使っていた記憶があるのですが、
この映画のドヌーヴも使っていました。
フランス語の発声は日本語と比べると全体的に低音なのですが
二人の大女優の声が低いこと低いこと。
久々に聞いたフランス語は懐かしいものでした。


居眠り磐音

.04 2019 映画 comment(0) trackback(0)
映画「居眠り磐音」を夫婦で見に行きました。

これは観客一人に一冊ずつ配られた脚本の表紙です。
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2016年1月9日に「居眠り磐音 江戸双紙」全51巻を読み終えた
私たちにとっては見逃してはならない映画です。

映画の出来は非常に素晴らしい。
原作の本を読んだことのない人でも筋がすっと理解できる
優れた脚本になっていました。

しかしながら、原作51巻を読んだ者からは一言二言いちゃもんをつけたい。
まず、坂崎磐音のイメージが違う。
原作のイメージでは、磐音は江戸時代では珍しい六尺(180cm)の大男で、
茫洋としていて、ひとなつこく、おだやかな感じ。
しかも女がつい面倒をみたくなるような男なのです。

ところがこの映画の主人公は松坂桃李。
見るからに、いつもピリピリとして触れれば切れそうな感じです。
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実は、テレビドラマで主人公を演じた山本耕史も
原作の雰囲気と違うと不満だったのですが、
松坂桃李と比べればまだましかなと思いました。
磐音03

もう一つは、剣道の師匠の佐々木玲園が評した
「まったく、磐音の構えは、春先の縁側で
日向ぼっこをしている年寄り猫のようじゃ」
という構えを映画の中の松坂桃李はしていないのです。
脚本の中では
「琴平に相対し、正眼に構えている磐音。
右足をわずかに前に開き、たゆたうような構え。」
となっていますが、映画はまったく違います。

さらにもう一つ。
殺陣というか立ち回りというかが原作のイメージと違いました。
琴平を倒したときは、すれ違いざま振り向いて
背中をばっさりと袈裟懸けに切っていますが
こういう斬り方は原作の中ではなかったように思います。
今回もらった脚本の中でも、
抜き胴で琴平を切ったことになっていますが映画はそうはなっていません。
何のためにこの脚本を配ったのでしょうか。

そういう上げ足をとるような批評ばかりですが、
原作を知らなければ、まったくよくできた映画です。
時代劇がお好きな方にはお勧めです。

次回作が出ればもちろんまた見に行きますよ。



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