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敗北を抱きしめて

.02 2021 読書 comment(0) trackback(0)
本を読んでこんなに興奮したのは「サピエンス全史」以来久しぶりです。
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最近読売新聞で青木保さんという文化人類学者の自伝を連載していたのですが、
青木保さんをそもそもよく知らなかったので、
彼の代表作という「文化力の時代(21世紀のアジアと日本)」という本を
借りてきて読みました。
その本の中で彼が推奨していた本が
ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」と
ハーバート・ビックス著「昭和天皇」だったのです。

敗北を抱きしめて(原題 Embracing Defeat)というタイトルが
なかなかいいじゃないですか。
日本の戦後史というのは知っているようで
実はあまりよくは知らないものです。
現代史は高校3年の3学期に教えることになっているようですが
大学入試の範囲には入っていないので全然勉強していなかったのです。

この本は2001年に日本で翻訳が出版され、
当時相当話題になったそうですが、
生憎とその時私はシドニーに赴任していて
この本の存在を知りませんでした。

しかしこの著者ジョン・ダワーは実によく調べていますね。
戦後のカストリ雑誌や漫画までよく目を通しています。

私が一番興奮して読んだのは下巻の日本国憲法の生成過程でした。
日本国政府にはポツダム宣言の要求を満たすような
憲法草案を作成する能力はないとマッカーサーが見限って、
GHQの部下に一週間で作れと命じたのが1946年2月4日でした。

この写真がすべてを物語っています。
マッカーサーの指示は、天皇裕仁を擁護することにありました。
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ギャラップ調査によれば、当時アメリカ人の70%は
天皇の死刑または厳罰を望んでおり、
日本国内でも前首相東久邇宮、近衛侯爵、三笠宮などは
昭和天皇の戦争責任を口にし、退位を迫っていたそうです。

マッカーサーとしては東京裁判で天皇裕仁の戦争責任が
訴追されないようにしたかったのです。
そのために憲法で天皇を国民の象徴に祭り上げて
置くことが急務だったのです。

私は今まで、憲法のしょっぱなに「天皇」とくることに
すごい違和感を感じていたのですが、
ようやくその理由がわかって納得しました。

GHQ案を示された日本政府が抵抗できたのは
一院制を二院制にすることと
Peopleを人民ではなく国民と訳して
第三国人(朝鮮、台湾、中国)を排除することくらいでした。
この時国民という日本語が生まれたのです。

日本の女性にとって幸いだったのは憲法制定委員のなかに
22歳のユダヤ系女性、ベアテ・シロタがいたことでした。
彼女は15歳まで日本で育ち、女性の差別や特高警察のことを
よく知っていたのです。
合衆国憲法でも両性の本質的平等を保障する規定は
明示されていないそうです。

憲法第24条
婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、
夫婦が同等の権利を有することを基本として・・・

この素晴らしい条文は彼女のおかげです。

憲法第66条②
内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない
という奇妙なとってつけたような条項があります。
憲法9条で軍隊を持たないとしているので
軍人なんか存在しないはずなのです。

これは極東委員会が介入して後で付け加えた条項なのだそうです。
だから不自然なんですね。

この憲法を作る時の話が一番面白かったです。

中学校の教科書に日本国憲法の三大原則というのがあります。
「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」
よく言うよ!後から付けた屁理屈ですよね。

憲法では「検閲はこれをしてはならない」となっていますが、
GHQは検閲のしまくりですが、何が禁止されたのかが興味深いですね。

今の若い人、特に大学生にぜひとも読んでほしい本です。

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美は乱調にあり

.28 2021 読書 comment(0) trackback(0)
美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄
(1965年4月~12月に文藝春秋に連載)
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瀬戸内寂聴はこの本の「はじめに」の中で次のように書いています。

二十八歳からペン一本に頼り生きてきた私は、九十四歳になった今も、
まだ一日もペンを離さず書きつづけている。
四百冊を超えているらしい自作の中で、
ぜひ、今も読んでもらいたい本をひとつあげよと云われたら、
迷いなく即座に、「美は乱調にあり」「諧調は偽りなり」
と答えるであろう。
今、この混迷を極めた時代にこそ、特に前途ある若い人たちに読んでほしい。
(中略)
この小説を書いて、「青春は恋と革命だ」という考えが
私の内にしっかりと根を下ろした。

1月1日の夜のラジオで、高橋源一郎と瀬戸内寂聴の
電話対談を聞いたのですが、そういえば私は寂聴の本を
一冊も読んでいないということに気がつきました。
この本が世に出たときは私は高校生で、
まだ漱石を読むのが精いっぱいだったのです。
大学生になってからは三島由紀夫など男の作家の本は読みましたが
円地文子、河野妙子、瀬戸内晴美などの女性作家の作品は皆無でした。
若いときに読んだ女性作家と言えば栗本薫くらいだったでしょうか。
最近でこそ、原田マハ、上橋菜穂子、ブレイディみかこ、あさのあつこ
片桐はいり、米原万里、角田房子などに嵌っていますがね。

「美は乱調にあり」の読評にもどると、
はっきり言ってこれは私の趣味の本ではありませんでした。
面白い本は一気にググっと読んでしまうのですが、
この本はつっかえつっかえ五日もかかって読んだのです。
「青春は恋と革命だ」と寂聴先生は言いますが、
男と女が惚れた腫れたと延々と続くのですから疲れます。

「原始、女性は太陽であった・・・」と
雑誌「青鞜」(Bluestocking)の創刊の辞に書いた
平塚らいてうが年下の画学生と恋愛したことから
「年下の燕」という比喩が生まれたことをこの小説で知りました。
当時はLINEなどはなかったので、
恋しい相手に一日何回も手紙を書くのですが、
そういう恋文の内容や恋愛事件を「青鞜」に掲載するのです。
らいてうから「青鞜」を引き継いだのが伊藤野枝。
亭主がありながら大杉栄と恋愛関係に入るのですが、
大杉栄という男はアナキスト革命を標榜する一方、
女たらしというか、次から次へと女に手を出してゆく
その節操のなさにうんざりします。
女性の人権には興味がなく妾を囲うのを自由恋愛主義と
理屈をつけていたとしか思えません。
甘粕大尉に惨殺されたのもそれほど同情できませんね。
やはり私は純愛物が好きですな。

もう一冊最近の著作も借りて来ました。
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出家して、癌にかかって手術したときからこの本は始まるのですが、
女流文学会の内輪話、毀誉褒貶オンリーで、読むのに疲れ
結局、途中で放り投げて図書館に返してしまいました。

瀬戸内寂聴先生は今年百歳になるそうですが
美味しい肉と酒を食べ、いまだに書きまくっておられるとか。

戦艦大和ノ最期(理屈より情緒)

.25 2021 読書 comment(0) trackback(0)
戦艦大和の出撃は理屈より情緒によるものだった。
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2020年1月10日の読売新聞の記事で、
歴史学者加藤聖文さんは、
現在の新型コロナ感染拡大への対応が、
太平洋戦争末期における浮沈戦艦を取り巻く状況と
二重写しになると述べています。
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(写真をクリックすれば拡大し、記事が読めます)
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(記事の一部抜粋)
「日本は明治以降、急速な近代化を成し遂げましたが、
集団指導の下、さまざまな利害を調整しつつ
合意形成を図る政治風土は変わりませんでした。
その過程では理屈より情緒が優先され、
科学的合理的な判断基準は二の次、
内容は要領を欠いた総花的なものとなり
決断は遅く、責任の所在も明確ではない。
その集積が無謀な戦争へとつながったのです。」

加藤読書委員の勧めに従って図書館から
吉田満著「戦艦大和ノ最期」を借りて来ました。
全文カタカナ文でやや読みにくいですが
200ページほどの薄い文庫本なので一気に読めました。
著者は東京帝大の学徒出陣で少尉副電測士として大和に乗り込み、
3332人の乗組員のうち生き残った276人の一人で、
終戦後すぐにこれを書き上げました。

呉の伊藤整一司令長官は東京の豊田聯合艦隊司令長官の
「天号作戦」による大和出撃に対し、
①空軍掩護機の皆無
②海上勢力の劣勢(我軍十隻、敵軍六十隻)
③発信時期の遅延(米機動部隊避退の一日後)
の理由により、当初より強硬なる反対を表明していました。

大和のガンルーム(中尉少尉の居室)では議論が沸騰していました。

「プリンスオブウエールズ」ヲヤッツケテ、
航空機ノ威力ヲ天下ニ示シタモノハ誰ダ

(私の解釈による注)
太平洋戦争初戦のマレー沖海戦で、
英戦艦プリンスオブウエールズを航空機部隊で撃沈し、
日露戦争で東郷元帥がバルチック艦隊を破った大艦巨砲主義を
葬り去ったのは、まさに日本海軍だったのです。

ガンルームにおける激論を制したのは
海軍兵学校卒の職業軍人である21歳の臼淵磐大尉でした。

「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ
日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、
本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ
救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ
日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」
彼、臼淵大尉ノ持論ニシテ、マタ連日「ガンルーム」ニ沸騰セル
死生談義ノ一応ノ結論ナリ 敢エテコレニ反駁ヲ加エ得ルモノナシ

太平洋戦争の300万人超の戦死者のおかげで、
日本は身分制度を廃止でき、農地解放もされ、
婦人参政権も得て、ようやく民主主義の国になれたと
私は思っています。

死ぬまでにこの本が読めてよかった。

世界の「住所」の物語

.16 2020 読書 comment(0) trackback(0)
私はこのブログで過去4回も、
日本と世界の住居表示の違いについて記事を書いているが
海外の住所番地
パリの番地表示
孤立する日本
フランスの番地表示

著者ディアドラ・マスクは「住所」の歴史を解説し考察している。
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訳者はあとがきでこう書いている。
「住所がアイデンティティとみなされるまでには長い道のりがあった。
住所がなくても五感を頼りに移動していた人々から、
政府に家屋番号を押し付けられて抵抗する人々、
住所がなくては不便だと訴える人々など、
時代の変遷とともに変化する人々の住所に対する意識」

「古代ローマの通りの大半には名前がなかった」
すべての道はローマに通ずといい、アッピア街道などを作っていたので
西洋の道路方式の住居表示はローマ時代の道路に由来すると
私は勝手に思い込んでいたのだったが、違っていた。

「ウエスト・ヴァージニアの郊外では1991年まで
ほとんどの住民が住所を持っていなかった」
古代ローマ人もウエスト・ヴァージニアの人々も、
今の日本人と同じように、建物や大きな木、山や川などを目印にして
道案内をしていたのである。

ハプスブルグ帝国のマリア・テレジア(マリー・アントワネットの母)は
1770年に帝国中の家に家屋番号(House Numbers)をつけさせた。
これは徴兵のために住民を把握するためだった。
ほぼこの時期に相前後して、パリ、ロンドン、ニューヨークでは
家屋に番号をつけた。

要は住所とは、国家が徴兵や徴税のために、
国民を管理する目的で付けたものだったのだ。

ローマ政府が住所制度を必要としなかったのは、
自治制度が徹底していたため、特定の市民を探す必要に
迫られていなかったからではないかと著者は推定している。

ヨーロッパの人の殆どは14世紀まで恒久的な名字を持たなかった。
1700年代のイングランドでは男の9割が八つの名前、
ジョン、エドワード、ウィリアム、ヘンリー、
チャールズ、ジェームズ、リチャード、ロバート
のどれかだった。
統治者たちは恒久的な名字をつけるように要請したのだ。
(日本でも、国民全員が名字を持つようになったのは
明治になってからである)

最初は国家に抵抗した市民も、郵便制度の発達に伴って
家屋番号の利点に気づくようになった。

アメリカ独立宣言のジェファーソンはグリッド法に着目して
先住民の土地を直角に交差する線で区分けさせ、売り出した。
1807年マンハッタンでは急増する人口に対応するため
グリッドプラン(格子計画)による都市計画を実施し、
通りの名称に番号を付けた。
(5th Avenue, E59th Street など)
私の記事 海外の住所番地 の地図を参照のこと)
道路の名称に番号を付けたのはアメリカ特有のやり方である。

道路の名称は極めて政治的なもので、
現在でも世界各地で深刻な争いがある。

アメリカ南部では、人種差別を巡る争いで、
奴隷商人の名前、南軍の将軍の名前を付けた通りの
名前の変更を求める運動がある。
MLK(マーティン・ルーサー・キング)の名前を付けた道路が各地にある。
南アフリカでもアパルトヘイト時代の道路名称を変える争いがある。
ドイツではJudenstrasse(ユダヤ人通り)が全国で303本ある。
ヒットラーはこれらの名前を全部消してヒットラー通りを作ったのだが
いまナチに関する名前はすべて消され昔の名前が復活したのだ。
中国では共産主義を称揚する通りの名前が増えており、
ロシアではレーニン通り、スターリン通りなどの見直しが進んでいる。

日本では道路に人の名前などはついていないので
こういうくだらない争いがないことを私は幸せに思う。

歴史上は国家が国民を管理するために押し付けられた住所ではあるが、
今は住所が個人のアイデンティティとなっている。
住所がなければ銀行口座が持てないし、
運転免許証やパスポートなどの身分証も発行されない、
結婚の届け出もできないし、失業保険ももらえない。

ホームレスになると洪水の時に避難所に駆け込んでも追い出されるのだ。

82年生まれ、キム・ジヨン

.08 2020 読書 comment(0) trackback(0)
韓国って、遅れてるね。
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男の子を生まないと両方の親元や親せきからやいのやいのと言われる。
胎児が女の子だとわかると中絶する。
(この結果、男女比がいびつになり結婚できない男子が増える)
同じ大卒で入社しても最初から男女で給与格差がある。
昇進にも差があり、管理職ポストは男が独占している。
顧客の会社の部長はパワハラ・セクハラの言動を平気でする。
子供ができても預けるところがない。

韓国って遅れてるね。
いやいや待てよ、これは今の日本と大差ないじゃないか。
日本の医大は入試の合格点数に男女格差をつけていたではないか。
企業の管理職も国会議員も男性圧倒的優位な状況は変わっていない。
いまだに待機児童は解消されていない。

物語のあらすじはこんな感じだ。
(Movie Walker より引用)
「現代女性の生き辛さを映し出し
韓国で社会現象を巻き起こしたベストセラー小説。
結婚・出産を機に退職したジヨンは、常に誰かの母であり妻であり、
閉じ込められているような感覚に陥ることがあった。
やがて他人が乗り移ったような言動をするようになる。
韓国の1982年生まれの女性で最も多い名前がジヨンである。」

映画化されて、ただ今横浜の黄金町のシネマ・ジャック&ベティで
今週末まで上映中なので見に行こうとしたら妻に止められた。
「地下鉄に乗って繁華街まで行くのは危ないからやめておけば」



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