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旅の事故

.01 2013 ヨーロッパ comment(0) trackback(0)
エジプトのルクソールで気球が炎上墜落した。
ご遺族の方はさぞかし無念であろう。
これが若い新婚旅行の夫婦だったらともかく、
救いは亡くなられた2組の夫婦が我々と同世代だったことだ。
子育ても終わって、ゆっくり海外旅行を楽しんでいた。
ある意味では幸せな死に方だったと思う。
兎にも角にも、夫婦一緒に死んだことが良い。
連れ合いに先に死なれると、残された方が哀れだ。


わが家も91年12月にエジプト旅行をして、やはりルクソールに行っている。
その翌年の92年から、エジプトのあちこちで観光客を狙うテロ事件が起き、
エジプトは危ないので旅行はダメだという事になった。
そしてついに97年11月、あの痛ましいルクソール乱射事件が起き、
日本人観光客も10人が犠牲になった。
エジプト001203_copy

89年8月にベルリンの壁を観に行ったら、
その年の11月には、東ドイツが崩壊して、壁がなくなってしまった。
19890825ベルリン04

92年12月にわが家がイタリアを旅行したら、
93年5月にフィレンツェのウフッツィ美術館で爆弾テロがあり、
その後しばらくは、この有名な美術館が閉鎖されてしまった。
9301Italie000803_copy.jpg
(フィレンツェのいい写真がなかったので、ピサの写真で代用)

この3つの出来事があって、ブルターニュの駐在員の間で、
豊栄家が旅行したところはそのあと事件が起きる。
危ないからそこへは旅行しないほうがいいというジンクスめいた噂がたった。
残念なことだが、事実だからしょうがない。

ニュージーランドの地震、グアム島の通り魔刺殺事件など、
旅に出て思わぬ災難に逢うことがある。
わが家も色々と旅をした割りには、
大した事件にも泥棒にも合わなかったのだが、
よくよく考えると、これは随分とラッキーなことだったのだ。

今あらためて思う。

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007 スカイフォール

.21 2012 ヨーロッパ comment(0) trackback(0)
「007 スカイフォール」を家内と見にゆきました。
007だけは必ず二人で見にゆくことになっているので、
私だけ一人で抜け駆けするわけにはいきません。

それにしても、映画の冒頭、イスタンブールのグランバザールで
カーチェイスが始まり、それがオートバイでの追っかけに変わり、
それから列車の上での格闘にかわる。
これは一体何分続いたのでしょうか。
測ってはいませんが10分以上は続いたような気がします。
息もつかせぬテンポの良い出だしでしたね。
それから、例の音楽。
♪タンタラタッタータータ、タンタラタッタ♪
チャラーン! ズッキューン!

今回は50周年記念のせいか、オールドファンにとっては
懐かしいものがたくさん出てきましたね。
イヤフォンで話しながら追跡するなどという超現代的なツールが出てくる一方で、
武器は昔ながらのワルサーPKだったり、ナイフだったり。
(武器開発担当のQは、おじいさんから若者に変わっていましたがね)

綺麗な女が出てくると、ラブシーンが出てくる、
やはりこうでなくっちゃ、これも昔に戻ったのでしょうか。
でも「ロシアより愛をこめて」のダニエラ・ビアンキ以上の女は
今回も出てきませんでした。

ところで冒頭のイスタンブールのバザール。
家の屋根の上をバイクで走れるとは知りませんでしたね。
01007skyfall.jpg
"007 Skyfall" Sur le grand bazar a Istanbul

ここではある思い出があります。
0219930812イスタンブール000103_copy

銀製の飾皿が1000フラン(2万円)だというのを、
500フランなら買うといったのですが、
だんだん値を下げてきたものの750以下では売れないというので、
じゃあいいよと言って店を出かかったら、
後ろから「シッソンフラン(600)」という声がかかりました。
ギクッと夫婦で足を止めて、苦笑いしながら買ってしまいました。
03トルコ皿01

映画に話を戻すと、懐かしい車が出てきました。
アストン・マーチン。
これに上司のMをのせて、グレンコーの谷(スコットランド)に行きます。
007GlenCoh.jpg
a Glen Coe en Ecosse

この谷は中世にマクドナルド一族が虐殺された有名な谷で、
夏(8月)でも湿った雲のかかる暗い谷です。
0495グレンコー000102_copy

映画に出てくるボンドの生家というのがこんな感じの家なのです。
0595スコットランドの海辺の城000102_copy

家の名前がSKYFALLというのですが、近くにSKYE島という島があります。
これは私のこじつけあて推量でしょうか。
Glencoe02.jpg

この生家をお守りしていたおじいさんがキンケイドさんというのですが、
キンケイド?どこかで聞いた名前だな、そのうち思い出しました。
「マジソン郡の橋」という映画でクリント・イーストウッドが演じた
カメラマンの名前がキンケイドでしたね。
マクドナルドもキンケイドもスコットランドの出自だったのですね。

話はあちこちに飛びましたが、
とにかく見て損はない面白い出来でした。
監督が変わると、映画も変わりますね。
映像も素敵なシーンがたくさんありましたよ。

それと、最後にボンドが秘密指令書をまた貰ったので、
次回作も期待していいということでしょう。
100年続くかも。


ブラーノ島 L'ile de Burano

.10 2012 ヨーロッパ comment(0) trackback(0)
何という色の洪水か!
Burano01.jpg
(写真はクリックで拡大、以下同様)Cliquez pour agrandir

これは我が家の家庭教師 Madame Cuny マダム・クーニーが送ってくれた、
Un diaporama スライドショーの写真である。
彼女の友人が彼女に定期的に送ってくれたものを彼女がまた転送してくれるのである。

イタリアのヴェニスから7km、水上バスで45分のところにある、
ブラーノ島の写真らしい。
ブラーノ島
(クリックで拡大)Cliquez pour agrandir

説明によると、冬の霧の中で、漁師が自分の家にすぐたどりつけるように、
色を塗り分けたらしい。
Burano02.jpg

ヨーロッパでは、
街並みは落ち着いた色合いに統一されているのが普通だ。
エーゲ海の白い家、フィレンツェの茶色の屋根など。
こんなにどぎつい原色の氾濫は珍しいのだ。
おまけにカラフルな洗濯物!まさにイタリアだ。
Burano03.jpg

写真家や画家の好きそうなところだ。
ブロガーだったら写真を撮りまくるだろう。
このスライドショーのバックミュージックは、
シャルル・アズナブールが歌うカンツォーネ "Venecia sin ti"、
甘い歌声が画像に実にうまくフィットしていた。


残念ながら、我が家はこの島には行ったことがない。
92年のクリスマスから93年の正月にかけて
イタリアを旅行したのだが、
当時のガイドブックには載っていなかったのだ。

これはヴェニスのサンマルコ広場で鳩と遊ぶ息子たち。
9301Italie000202.jpg

ヴェニスの思い出は、今となっては、
ハリスバーというリストランテで食事をしたことだけ。
店のオーナーが我々の席にも挨拶に来てくれて、
我々がフランス語しか喋れないとわかるや、
すかさず英語から流暢なフランス語に
切り替えてくれた時の驚きが今でも忘れられない。

これは唯一我が家に残っているイタリア土産。
ヴェネツィアングラス一対である。
ヴェネティアングラス 001

Cliquez ici↓SVP.

未来のモンサンミッシェル

.10 2011 ヨーロッパ comment(6) trackback(0)
我が家の家庭教師であったマダム・クーニーがひっきりなしに
おそらく友人から送られたフォトアルバムを私に回送してくれる。
その中に Le Futur Mont-Saint-Michel というのがあったのでご紹介したい。

モンサンミッシェルを海に囲まれた昔の姿に戻そうという
大工事が行われていることをご存じの方も多いと思う。
1億5千万ユーロ(165億円)をかけるこの工事は
2006年の春から始まって2012年に終わることになっている。
001Mt.St.Michel present
これが現在のモンサンミッシェルだ。
2kmの道路をピーク時で1時間に1千台の車が通る。
現在の干潟の中に埋め立てて作られている駐車場と道路を取り除き、
島から2.5kmの陸地に後退させてそこに新しい入り口を作る。

ここと島とを桟橋形式の遊歩道で結び、
観光客は2.5kmを徒歩か巡回バスで島まで行くことになる。
002Mt.St.Michel ouvrages daccueil
運河の水門もこの受付場所の横にまで後退する。
この15ヘクタールの敷地には4140台収容の駐車場と
巡回バスの発着所が作られるのだ。
この受付場所は木々に隠されて、島のほうの遊歩道からは
風景に埋没して見えないように設計してあるらしい。

003Mt.St.Michel passerelle
新しい遊歩道のイメージはこんな感じになる。
細い列柱に支えられて、限りなく透明になるように設計されている。
自然の景観に溶け込むように設計されているのだ。
遊歩道の高さは7.5mで一番高い潮の時に合わせてある。

将来のモンサンミッシェルを空から見るとこんな感じになる。
004Mt.St.Michel future1

島のほうから見るとこんな感じだ。
005Mt.St.Michel future 2

巡回バスは島から400mのところに観光客を降ろす。
そこから島までは砂浜の上を歩かねばならない。
大潮のときはこの砂浜は完全に水没する。
006Mt.St.Michel navette

大潮で完全に水没した時に島の上から見るとこんな感じになる。
007Mt.St.Michel grand maree

私の昔の記事「潮干狩り」の中で述べたように、
大潮の日と時間は予め調べて出かけなければならない。
モンサンミッシェル公式ホームページの中に、
horaires des marees というサイトがあるので
これで2011年の大潮を調べてみると
(例えば mars2011 の表示をクリックすると3月の時間が出る)

月日   時間   潮係数  (潮の高さ)
2月20日 8:27 115  (14.2m)
3月21日 8:07 118  (14.3m)
9月25日 9:03 115  (14.1m)
となっている。
チャンスを逃さないようにしたい。

予約のない旅

.21 2010 ヨーロッパ comment(2) trackback(0)
92年の北欧旅行はとにかく予約のない旅だった。
それまでの旅行は、いくつか予約はない日があったが、
主要なポイントは大体旅行会社に頼んでホテルの予約はしていた。
先に北欧に旅行した人から、北欧は物価が高いし、
キャンプ場やロッジなどが整備されているから、
それを使ったほうがよいというアドヴァイスをもらったからである。

Norway フィヨルド

確かに、それぞれの村の外れに、湖や川のせせらぎのそばに、
村営ロッジがあった。
アドヴァイスをくれた人は釣り道具を持って行き、
家族で釣りを楽しんだという。
残念ながら私が釣りをしないので、我が家にはその楽しみはなかった。
しかし、早めに着かないと、いい場所がとれないし、
場合によっては満員になるというアドヴァイスは非常に役に立った。

Norway 滝

午後3時にはベッドマークを見つけて、ロッジに入るようにしていたが、
ある時4時過ぎに入ったら最後の一戸しか空いていなくて焦ったことがある。
それから、村のスーパーに買い物に行ったら、5時で店を閉めると言う。
慌てて、考える暇もなく、めぼしいものを買ったが、
野菜はともかく包装品は字が読めないので、当たっているかどうかわからない。

「大体平日の5時に店を閉めるなんて、ひどいじゃない」
と家内は怒っておりましたが、勤め人はいつ買い物ができるのだろう。

Norway 木の教会

ある時、丘の中腹にロッジがあり、眼下に湖水を見る
素晴らしく眺めのよい村営ロッジに入った。
番をしているのが、おばあさん一人で、英語もフランス語も一言も通じない。
紙に数字を書いてくれたので、どうやらそれが泊まり賃らしい。
夜、ミートソースの缶を開ける缶切がキッチンになくて、
これをおばあさんに説明するのに、お絵かきをして、
ようやく理解してもらえた。

また別な時は、ロッジがどれも古いキャンピングカーを改造したもので、
タイヤまで付いており、子供たちは大喜び。

北欧は車で旅をする人には優しい。

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ロッジの番をしていたおばあさんに拍手をお願いします。
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