フランスの床屋

.31 2010 フランスの生活 comment(2) trackback(0)
金曜日、図書館の帰りに床屋に行った。

10分間1000円のQB House である。
QB House


以前は、この普通の床屋に行っていた。
Rich.jpg
待ち時間も含めると、一時間以上はたっぷりかかるので、
いつも日曜日の午後NHKの囲碁番組が終わった後と決まっていた。
料金も5000円だが、ひげも剃り、洗髪し、きちんと整髪して
ピシッと髪形を決めてくれて、終わった後のそう快感がよかった。

しかし、地下鉄の地下道にQBハウスが店を出してから、
もう普通の床屋には行かなくなった。
ケチっているわけではないが、とにかく10分で終わるというのがよい。
以前は時間の余裕がある時にしか床屋に行けなかったが、
今は仕事の帰り、図書館の帰り、買い物のついでに行ける。

フランスにも床屋(Salon de coiffure)はある。
床屋も美容院も区別はないので、男も女も同じところに行く。
レンヌではアパルトマンを降りてすぐのところに床屋があった。

「どういう風に切りますか」と聞いてくるが、
最初はうまく説明できないので、
まず髪の分け目を手で分けるしぐさをして、「コムサ」という。
次にまゆ毛の上に手のひらを横にして、「コムサ」という。
さらに、耳の上に手を横にして当て「コムサ」という。
この「コムサ(こういう風に)」3連発で私の場合はだいたい用が足りた。
要は、髪は七三に分けて、まゆ毛の上と耳の上でカットしてくれと言いたかったのだ。

女の場合は髪形の写真集から選んでコムサというらしい。

毎回同じ店に行って顔なじみになれば「コムダビテュード(いつものように)」
といえるが、同じ美容師に当たるとは限らない。
また、コムサ3連発をやらねばならない。

言葉の問題は慣れるに従って解決するが、
どうにも最後まで慣れなかったのが、イガイガチクチクである。

日本は首のまわりにタオルを巻いて、その上からガウンをきっちり着せる。
そのため切った髪の毛がえりや首の下に入り込むことはない。
ところがフランスではタオルも巻かないし、ガウンもゆったり着ける。
必然的に切った髪が首筋や胸に入り込む。
イガイガチクチク感はどうしようもない。
またカットだけ頼むと当然ながら、最後に洗髪してくれるわけでもない。
頭の髪の毛の中に切りくずがいくらでも残るのだ。

幸い家から近かったので、散髪が終わると、私は脱兎のごとく家に帰り、
シャワー室に飛び込んだものだ。
二人の息子も全く同じ行動をとっていた。

「フランス人はイガイガチクチクしないのかね」
「髪の毛が細いから、何ともないみたい」
「そういえば、ジャポネの髪はまっすぐで太くて
ハサミが痛むといっているらしいわよ」

QB House もカットだけで洗髪はしないのだが、首周りはきっちり巻くし、
なによりも、

最後に掃除機で髪の切りくずを吸ってくれるのがよい。

この独創的な発想は日本人ならではですな。

伝統的理容業界はQB Houseには洗髪の設備がないので不衛生だから
営業許可を取り消すようにと保険所に圧力をかけているらしいが、
とんでもない。
10分間という利便性は捨てがたい。
負けるなQB House !
スポンサーサイト

キャッシュレス社会(その2:小切手)

.30 2010 フランスの生活 comment(0) trackback(0)
小切手はカードとは異なるすばらしい支払い手段である。
check.jpg

スーパーでは50フラン(千円)以下では、カードでの支払いを断られる。
我々エトランジェはフランス語がよくわからないふりをすると
しぶしぶ受け付けてはくれたのだが。
そういう場合でも、小切手はすんなり受け付けてくれた。
カードと違って小切手は少額でも払えるので、
朝市のような露天の店でも小切手は使えた。

小切手の長所はふんだんにある。
まず、普通郵便で送金できることである。
受取人の名前さえしっかり書いておけば盗まれても大丈夫である。
だから、フランスで振り込みをした記憶がない。
相手に小切手を送ればよいのだから。

学校の給食代や遠足などの行事費などは
小切手で封筒に入れて子供に持たせることができる。
学校側も現金では受け取らない。
現金だと「渡した、受け取っていない」というトラブルが必ず起きるし、
子供や先生が使いこんでしまう可能性もあるからである。
現金と違って必ず記録が残るところがよい。

また、個人の間の金のやり取りも楽である。お釣りがいらないからである。
日本で飲み会やゴルフコンペの会費を集めるときに端数があるとお釣りに困る。
最近中学校の同窓会をやったのだが、企画担当の幹事が真面目で
会費を百円単位に設定したので、彼は大量の百円玉をお釣り用に用意していた。

フランスだとこういう心配は一切ない。
大体、飲み会の前に事前に会費がいくらだというアナウンスもしない。
時間と場所だけの通知である。
飲み会が終わった後、幹事が店から電卓を借りてきて割り算をし、
「はい、おひとり様xxxフランです」といえばよい。
全員一斉に小切手を取り出してその金額を書く。
幹事が小切手をまとめて店の人に渡すと、
店の人が足し算をして、ご明算、セ・パッフェ(完璧)、となるのである。

麻雀の時も楽である。今日は持ち合わせがないと言い訳はできない。
負けた人が小切手を書いて勝った人に渡せばよいのである。
その次の麻雀の時前回勝った人が負けると、
財布の中に前回もらった小切手を持っていたりして、
じゃあこれを破ってといって前の小切手を返し、
不足分を新しい小切手を切って渡す、などということもあった。

カードでは一週間にいくら、一カ月通算でいくらまで、
という支払限度額があるが、小切手には制限がない。
従がって、家具とか電気製品など大きな買い物は小切手を切ることになる。

500フラン(一万円)以上になると身分証明書を見せろといわれる。

他人の盗んだ小切手帳を使われる恐れがあるからだが、

ここで私を疑うのかと腹を立ててはいけない。

そういう世の中のルールだと思えばよい。
スーパーのレジではマニュアル化されているので、

レジのおばさんも大変だなと同情するくらいの度量が必要だ。

日本人は普通カルト・セジュール(滞在許可証)か
カルト・ド・レジドンス(居住許可書)を見せることになる。
おばさんは小切手の裏に許可証のナンバーを控えている。

もうひとつの注意は、数字をフランス語で書かなくてはならないということだ。
小切手には2か所、アラビア数字とフランス語と両方で金額を書く欄がある。
最初のうちはGEM(ポケット版辞書)の数詞のページをコピーして、
小切手帳の表紙の裏に貼っておくとよい。

さらに注意すべきは、サインの変化である。
最初は Noboru Toyosaka と長いサインをするのだが、
小切手にサインするたびに、だんだん長いサインが面倒になり、
短くなって、形が崩れてくるのだ。
ある意味ではサインが上手になってくる。
だいたい3ヶ月くらいで銀行からサイン登録を変更してくれといわれる。
新しく赴任が決まった人には、日本にいるうちにサインの練習を
しておいたほうがよいと忠告するのだが、
実際に来てみないと、忠告の意味はわからないのだ。

キャッシュレス社会のおかげで、
家内はフランスでは家計簿をつける必要がなかった。
カードと小切手で支払いをしている限り、
月に二回送ってくる銀行の取引明細書が家計簿の代わりになる。
その代わり何に使ったかは隠しようがない。
わからないのは現金引出機から引き出した現金である。
家内と私のカード番号は違うので、
どちらがどれだけいつ引き出したかはすぐわかるが、その使途は不明である。

「ちょっと使いすぎじゃない」
「バーは現金なんだよ、付き合いもあるしさ」
「なんでこんなに現金がいるんだよ。カードか小切手で払えばいいじゃないか」
「家庭教師の謝礼とかは現金だから、いろいろいるのよね」
という争いはどうしても残る。

現金取引は足がつかないというのは本当である。
やばい取引は現金にすべし。

キャッシュレス社会(その1:カード)

.29 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
昨日の記事で、日本人は現金を持ちすぎるので、
スリや置き引きの被害に遭いやすいと書いた。

日本でもようやくスイカ、イコカ、パスモなどの電子マネー
が出てきたが、交通料金の精算をベースとしているので、
駅近の店やコンビニの少額の買い物にしか使えない。
まだまだ、現金は必要なのである。

フランスはキャッシュレス社会である。

タクシー代、カフェのエスプレッソやビール代金、レストランのチップは
現金払いであるが、それ以外は小切手とクレジットカードで払えるために
いつのまにか多額の現金を持ち歩くことがなくなった。

レストランでは日本のように出口のレジで金を払うのではなく、
テーブルで精算をする。
小切手でも現金でも払えるが、カードで払う意思表示をすると、
ギャルソンがハンディターミナルをもってくる。
カードを差し込み、金額をインプットすると、その端末をホイと客に渡す。
客は4ケタの暗証番号を押してしばらく待つ。
5秒くらいでチーチチチとレシートを印字し始める。
この5秒間が銀行に残高を確認している時間である。
残高がなければ当然支払いを拒否される。
このシステムのすごいのはこの時点で口座から引き落とされることだ。
クレジットではなくデビットである。

これは今の話ではない。今から20年前にすでにそうだったのだ。

クレジットカードには当時からICチップが埋め込まれていた。
当時フランスの通信技術は世界でもトップだった。
まだインターネットが普及する前で、ミニテルというシステムを
開発普及させ世界の先端を走っていたのである。

因みに、カードの暗証番号は自分で設定するのではなく、
銀行が乱数指定をする。これを必死で覚えなくてはならない。
日本ではATMで3回暗唱番号を間違えるとそのカードは使えなくなる。

フランスでは使えなくなるどころか、現金引出機からカードが出てこなくなる。
我々日本人はこれを「喰われた」と言っていた。


カードを喰われてしまうと、身分証明書と銀行の取引明細をもって銀行に行き、
どこそこの現金引出機でカードを喰われましたと申告しないと、
カードを返してくれないのである。
お恥ずかしいが私もこれを一度やっている。

用心のため私は暗唱番号を難しい漢字で書いた紙を財布に入れていた。
「位置兄酸死碁」という風にである。

ある時、ベラジー(美しいアジア)というレンヌの
中華材料店で買い物をした時、面白い光景に出合った。
腰の曲がった中国人の老婆がレジでカードを差し出し、
レジのお姉さんは端末を押し出して暗唱番号を押せというしぐさをした。
その老婆は自分の手提げ袋の口を開き、内側を指さして中国語で何か言っている。
お姉さんは苦笑しながら端末に暗唱番号を打ち込んだ。
中国語のため理解できなかったが、老婆は手提げ袋の内側の布に
暗唱番号を書いているらしい。
周りの人も皆にこにこしていた。
中国人ならではの信頼関係なのであろう。

こうしたシステムは当時ではフランスだけで、他のヨーロッパ諸国では
機械式のクレジット伝票にサインをするという方法だった。

日本でも最近は随分とクレジットカードが普及してきたともいわれるが、
フランスで生活してきた人間から言わせると、
日本はカード後進国である。だいいち、カードで払える店が少ない。
フランスでは国鉄でも郵便局でも小さなレストランでも使えるのだ。
逆に、無人のガソリンスタンドではカードがないとガソリンが買えない。

フランスで現金をほとんど持たないという癖をつけると、
日本で時としてえらい恥をかくことがある。

帰国してしばらく、
我が家から車で15分の川崎市市営の生田緑地ゴルフ場に行った時のこと、
現金前払いで23000円払えといわれた。

カードを差し出すと、カードは受け付けておりませんとにべもない。
財布には現金は一万円ちょっとしかない。
同伴の友人の到着を待って、恥を忍んで貸してもらった。
今時、カードを受け付けないなんて、誰が客だと思っているのだ。
お客様の利便をもっと考えろ。
市の役人OBが天下りして経営しているからこういうことになるのだ。

こういうことになると日本ではまさかの時に備えて五万円くらい
現金を持っていなくてはならないことになる。
五万円というと2,500フラン、ということは200フラン札を12枚
持っていなくてはならない、12枚、そんな馬鹿な。

でも、日本の有名芸能人なんか、百万円くらい常に現金を持っていますね。
あれはバラ撒くためですかね。

なぜ、日本でクレジットカードが普及しないのかと考えるに、
おそらく日本ではクレジットカードの前に、
小切手という支払いシステムが存在しなかったからであろう。

欧州では現金の代わりの支払い手段として小切手が存在していた。
だからクレジットカードに移行するのに抵抗がなかったのであろう。


小切手の話は次回。

LE VOL(泥棒)

.28 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
フランスやヨーロッパでは泥棒が多い。
逆に言うと泥棒の少ない日本が異常で、ヨーロッパが普通なのかもしれない。

日本では身近で泥棒にあった人の話をあまり聞いたことがない。
ところが、海外では駐在員の被害経験談を聞くことが非常に多い。
また皆一回くらいは自分自身で経験しているのだ。どう見ても多すぎる。

やはりこれは、日本人駐在員の危機意識の低さに原因するのだと思われる。
フランス人はここまでの確率の高さで泥棒を経験してはいないのかもしれない。


以下は全て実話である。

(第1話)
パリでよくやられるのが、エスカレータの前後挟み撃ちの暴力スリである。
エスカレータで前のやつが物を落としたふりをして前かがみになるので、
当然その後ろにいる人は前に進めなくなる。
つかえたところを、後ろから来たやつが抱きついて、強引に掏ってゆくのである。
これには友人が3人ばかりやられている。

これを防ぐには、エスカレータに乗った時、
半身に構えて、後ろを時々振り返り、警戒しているふりを見せることである。


(第2話)
シャルルドゴール空港の入り口で、スピード違反で捕まり、
そのため目的の飛行機に乗り遅れた友人がいる。
お巡りさんが調書を作り終わるまで解放してくれなかったのだ。
アムステルダムでの会議に遅刻するため、空港の電話ボックスから電話をした。
(この当時、ケータイ電話などというものは存在しなかった)
電話が終わって足元を見るとカバンがなかったのである。
泣きっ面に蜂、違反と遅刻の上に置き引きである。

これからは、カバンを両足ではさんで電話をしますとご本人が言っていた。

(第3話)
同様のケースで、赴任草々、置き引きにあった人がいる。
彼は一カ月の語学研修を終えて、レンヌに帰るための切符を買うために
ブザンソンの駅に行き、駅員と切符売り場の窓口で話をしていた。
なんとか切符を買うくらいの言葉はしゃべれるようになったのであろうが、
まだフランスに来て一カ月である。たぶん必死でしゃべっていたのであろう。
わかる、わかる。
日本と違って、何日の何時の列車、行く先は、だけではない。
片道か往復か、一等か二等かなどと、予期していないことを聞かれるのである。
ようやく話が通じて、お金を払おうとして、腕の下のカウンターの下に置いた
カバンを取ろうとしたら、なかった。財布も一緒になくなったのである。

とにかくカバンから手を離してはいけないのだ。
このようなケースではじゃまでも体の前のカウンターに置いておかなければならない。


(第4話)
私の家内は現金300ポンド(6万円)をロンドンの地下鉄で盗られた。
たまたま電車が遅れたため、人が溜まり満員状態になった中でやられたのだ。
人が下りて空いてきたときに、バッグの蓋が開いているのに気づき、
はっとして調べたら、財布だけが抜かれていた。
直前にソホーの中華料理屋で金を払ったのは私だった。
家内に払わせておけば被害額が減ったのにと残念でならなかった。
バッグを引き裂かれたわけではなく、これは見事な名人芸ではあったが、

フランス人は蓋の空きやすいタイプのバッグは使わないのだそうだ。

日本人がスリや置き引きに会いやすいのは、やはり盗る側から見て狙いやすい、
それだけ無防備だということだと思われる。
また、日本人は多額の(フランス人と比較して)現金を持ち歩く習慣があるからだ。


(第5話)
イタリア旅行中に、車のタイヤを盗まれた先輩の駐在員がいた。
リストランテでの食事が終わって、店の前に止めていた車に
乗ろうとしたところ、なんとなく車高が低いなとは思ったという。
皆が車に乗って車をスタートさせようとしたら、
ガガっと車輪が道をこすってとてつもなく大きな音がした。
慌てて車から降りてタイヤが四つともないことに気がついたというのだ。
こうなると笑い話にしかならないが、
当の本人から聞いたので作り話ではない。

(第6話)
私も、ミラノのドーモの前で、やられそうになったことがある。
新聞を手にしたジプシーらしき子供が3人くらい近付いてきたので、
ほらほら、きたぞ、きたぞと警戒はしていた。話に聞いていたからである。
ところが最後の間合いに入ってからの敵の素早さは見事だった。
ズボンのポケットに入れた私の手に相手の手が触れたのである。
とっさにパシッと払って相手を睨みつけると、相手は手をひらひらさせながら、
何もしてないよというしぐさをしながら逃げて行った。

先輩から「イタリアでは新聞をもった子供が近付いたら用心せよ」という
事前の情報がなかったら、やられていたかもしれない。


(第7話)
私が社長と一緒にパリの販売会社に行った時のことである。
ファンファンファンという車の盗難防止装置の大きな音がした。
皆で窓を開けて顔を突きだして駐車場のほうを見た。
警備員が飛んで行く様子が見えた。
「あれは、ひょっとして社長の車じゃないですか」
助手席の窓ガラスをぶち割られて、カーステレオを抜かれていた。
この辺りはシャルルドゴール空港に近くて治安の悪いところである。
とりあえず、段ボールとガムテープで窓をふさいだものの風通しは良く、
帰り道ではいつもは200km/hくらいで飛ばす社長がひどく安全運転だった。

これの対策は、外から見えるところに何かを置いておかないことである。

たばこ一箱で窓ガラスを割られた人もいる。
当時用心深い人は、とりはずし可能なタイプのカーステレオを装着し、
駐車の都度、はずしてボックスに隠していた。

お恥ずかしい話だが、この教訓を私は生かしきれなかった。
その後赴任したシドニーで携帯電話を車のレシーバーに差し込んだまま、
食事に行き、窓ガラスを割られて携帯電話を盗られたことがある。
当時の携帯電話は重くて、ポケットに入れるのが面倒だったのだが、
それならはずして、ボックスにしまっておくべきだった。

(第8話)
ブルターニュという田舎、レンヌでも空き巣の被害者はいる。
一軒家を借りて住んでいた人が、バカンスで旅行に出ている間に、
家の家具もワインの在庫も全て盗られたのである。
大きな引っ越し用のトラックが横付けされて、作業服を着た数人が
せっせと荷物を運び出したので、隣の人も、引っ越しかと思い、
疑わなかったのだという。

旅行に出るときは、窓にカーテンをしてはいけない。
カーテンを開けておいて人がいるように見せかけなければいけないのだ。


横浜近況5.26

.27 2010 食と料理 comment(2) trackback(0)
水曜日は外出日。
前から気になっていたRestaurant Cou Couに行きました。
レストラン・ククーだと思っていましたが、
CouCou1-S_convert_20100526142424.jpg

CouCou2_convert_20100526142458.jpg
「れすとら~ん くうくう」でした。
住宅地の中に2軒分の敷地を使って、
レストランと2世帯住宅をくっつけた建築になっていました。

中はあっさりとしたつくりで、
テーブルが2+4、4+2、2+4、2、カウンター4と配置され、
我々が最初の客だったので、一番奥の2の席に案内されました。
ピアノのそばの席でした。
夜は時々コンサートもやっているようです。

ランチコース@1680円を注文しました。
前菜はアボカドとエビの練り込みサラダ
次がグリーンピースの温スープと温かいパン
メインディッシュは
魚(私手前) :鰆(さわら)のバジル・トマトソース
肉(家内向う):豚肉のチーズばさみカツレツ
CouCou-Plat_convert_20100526142532.jpg
デザートはバニラアイスとシフォンケーキとコーヒー

味はまあまあでしたが、
料理の出るタイミングが非常に良くて
殆ど待ち時間はありませんでした。

途中から、中年のカップルが入ってきました。
駐車場の車のナンバーは横浜ナンバーではありませんでした。

家までの帰り道の花だより。

ジャガイモの花。
jagaimo_convert_20100526142019.jpg

ブラシの木。オーストラリアの木が道端に植えてあります。
Burashi-no-ki_convert_20100526141914.jpg

栴檀(せんだん)の木がよい香りをさせていました。
sendan-hana_M.jpg
薄紫5弁の小花が集団で咲いています。
sendan-ki_M.jpg


以上
 HOME