新型広告板

.31 2010 シドニー comment(4) trackback(0)
昨晩はリタイアーしてシドニーに移住している友人が帰ってきたので、
昔シドニーに赴任していた面々が集まって、
いつもの品川駅港南口の酒場で暑気払いをすることになった。
あいにくというか久々のうれしい雨で涼しい夕べである。

品川駅の中央コンコース、新幹線口で
新型広告板を発見した。
品川駅001

夏らしく花火が涼しい。
品川駅002

これは今月31日から公開されるアンジェリーナ・ジョリーのスパイ映画「ソルト」の広告。
詳細はこちら→ソルト-オフィシャルサイト
品川駅003
そして、どんどん画面は変わってゆき、
品川駅004

一巡して再び花火。
品川駅005

確かに、なかなかいいアイデアではある。
JRは賃貸収入が、広告代理店は新たな注文がとれる。

手帳を見ると、ちょうど一年前の7月30日に
シドニーOB会の飲み会に来ていた。

そうかあれからもう一年も経ったのか。
世の中はすぐに変わってゆきますね。
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アメリカ組とヨーロッパ組

.30 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
楽天とファーストリテーリング(ユニクロ)が
社内公用語を英語にするそうだ。
冗談じゃない。
日本の会社だろ、どうしてもそうしたいというのなら、
本社をアメリカ、イギリス、シンガポール、ホンコンなどの
英語圏に移したらどうなのと言いたい。

公用語は複数、たとえば日本語と英語の二本立てではだめなのか。

この複数という発想がアメリカ人にはない。

私も90年代の初め、出張でアメリカに行った時、
ワシントンからロサンゼルスまで飛行機で飛んだことがある。
さすがに横幅4000kmの国は広い。
窓の下に広大な畑と牧草地が延々と続き、途切れることがない。
あまりのでかさに、唸ってしまう。
ロッキー山脈を見た時は正直言ってほっとしたものだ。
アメリカはどこまで行ってもアメリカだ。
言葉は英語だし、通貨はドルだし、食べ物もそんなに違わない。

ヨーロッパはこうはいかない。
ベルギーやオランダなど2時間も車で走れば国を突き抜けてしまう。
しゃべる言葉が違い、食べ物が違い、使っている通貨が違う別の国に入る。
言葉と食べ物が違うということは文化が違うということである。

こうなると必然的に物事に対する考え方が違ってくるのはしょうがない。

私が勤めていた会社では、
よくアメリカ組とヨーロッパ組といういい方をしていた。
今はアジア組というのもあるかもしれない。
グループの売り上げがその当時、
アメリカ3、ヨーロッパ3、日本が2、その他2
という構成だったので、
海外駐在員もアメリカ組とヨーロッパ組に別れていた。

会社が意識的にそういう人事をしていたとは思えないが、
若い時に最初にアメリカに赴任した人は、
日本に帰って来て何年かするとまたアメリカに再赴任するのである。

若い時に最初にヨーロッパに赴任した人はどうかというと、
その後やはりヨーロッパに再赴任するか、
急速に拡大したアジアに行くケースが多かった。
アメリカに行ったという話を聞いたことがない。
どうもヨーロッパ組はアメリカには向かないらしいのだ。

アメリカ組は何でも同じシステムでやるという発想をする。
コンピューターシステムでも中央にでかいセンターマシンを置いて、
全支店を同じシステムでつないで集中コントロールするのだ。
それはできるよね。
しゃべる言葉と喰い物と通貨が同じなのだから。

アメリカにはたくさんの移民がいるが、
彼らは必死でアメリカに同化しようとしている。
日本が昔、台湾や朝鮮を併合して同化政策を進めたのとは違う。
台湾や朝鮮の人は征服され服従を強いられたのである。
アメリカの移民は違う。自らの意思で移民してきたのだから、
自らの意思でアメリカに同化しようとしている。

ヨーロッパではこうはいかない。
2時間、長くても一日車で走れば別の国に行ってしまう。
そこでは言葉と喰い物と通貨が違うのだ。
私の会社でも、アムステルダムに地域本社を置き、
システムを共通化し、共通語は英語にして、
アメリカのようにやろうとしているが、
なかなかうまくはいきませんね。
通貨だけはユーロになってだいぶ楽になったが、
イギリスはいまだにポンドに固執していうことを聞かない。
共通語を英語にしてしまうと、
結局イギリス人だけが大きな顔をしてしまう。
EC全域のモチベーションが上がってこないのだ。

私は算数の答えは一つだと思っていたのに、
中学校で二次方程式の答えが+-の二つあることを知って以来、
世の中の答えも考え方も複数あるという考えの持ち主である。
また、ヨーロッパで8年も暮らしたので、
いわゆるヨーロッパ組に属してしまった。
アメリカ組のように何でも同じ方式でぐいぐい推し進める
というやり方を好まない。

やはり、それぞれの立場と文化を尊重して、
システムは中央コンピューター方式ではなく、
分散型でそれをつなぐシステムにすべきだと考えている。

アメリカ方式はアメリカでは通用するが、
グローバルには成功しないと考える。

ナチスの人種純化政策や日本の台湾朝鮮における同化政策が失敗したように、
またソ連の人種や文化を無視した同化政策が瓦解したように、
中国の中央アジアやチベットの同化政策もいずれ崩壊すると信じている。

英語を共通語として使うのは良いが、
それだけを公用語にしてはいけない。

価値観の押しつけはいけないよ。

三木谷さんはハーバードを出ているし、
お母さんがアメリカの帰国子女らしいから、
アメリカ組だというのはわかる。

柳井さんはずっと宇部にいたのに、いつアメリカ組になったのだろう。

土足厳禁

.29 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
当たり前の話だが、フランスの家の中は土足である。
というよりは家の中でも靴を脱がないというべきか。

フランスの犬の糞は世界的に有名だ。
だからアパルトマンのロビーの入り口には靴拭きマットがあって、
フランス人はここで日本人より丁寧に靴をぬぐっている。
フランス人でも部屋ばきというか家の中で
それ専用の靴に履き替える人もいないわけではない。

日本人駐在員はどうしていたか。
当然のごとく家の中は土足厳禁である。
この習慣ばかりは変えられない。
私なぞは、一日中靴を履いていたら、足がむくんで、
汗で臭くなって堪らないので、早く靴を脱ぎたい口である。

会社の規則で、家族は3カ月遅れで赴任することになっていた。
その間にアパルトマンの家具や電化製品を整えたり、
学校の手続きなどを済ませて家族が到着したら
新しい生活がすぐスムーズに始められるようにという配慮からである。
先輩諸氏のアドヴァイスに従って、私は日本の家内に電話した。
げた箱と来客用のスリッパを引っ越し荷物に入れてくるようにと。

フランスでもよく探せばないことはないが、
日本人の気にいるようなげた箱はないし、
スリッパもその家の住人が部屋ばきとして履くもので、
来客用のスリッパはないよ、というアドヴァイスがあったからである。

それはそうだ。来客に靴を脱げと言わない以上、
来客用のスリッパ何ぞあるわけがない。

日本の玄関には一段低くなった靴脱ぎがある。
マンションでも同じで、玄関と居間には段差があるのが普通だ。
フランスのアパルトマンではこれがない。
同じ高さでじゅうたんが貼ってあるのだ。
そのため、どこまでを靴脱ぎエリアに指定してよいか困る。
玄関のドアが外開きなら、ドアの内側に靴ふきマットでもおけばよいが
残念ながらドアは家の内側に開くタイプだったので、
マットを置くと高さが同じためドアに当たって邪魔になる。

我が家の家庭教師はすぐに土足厳禁を受け入れた。
マダム・クーニーはどこの日本人家庭に行っても同じなので、
これは個人の好みではなく、日本の文化だということを理解した。
「これはこれで、うちの中が汚くならなくてよい、
じゅうたんの掃除が楽だ」と言っていた。

誕生パーティの時は、フランス人の親は子供の手を引いて靴のまま
つかつかと家に入ってくるが、これをいちいち拒否はできない。
挨拶が終わって親が帰ると、子供に靴を脱がせ、ソックスのまま遊ばせる。
夕方親が迎えに来た時、子供は親の前で靴を履くのだが、
親は怪訝そうな顔をしている。

秋は集中暖房の給湯システムが始まる前に寒くなることがあり、
春には暖房が止まった後にまた寒くなることがよくある。

このため我が家では、冬の間、居間のソファの前にこたつを置いていた。
Kotatsu (A Rennes comme au Japon nov 1991)
こたつ板をひっくり返して、緑のラシャのほうを上にして、
ここでトランプや麻雀をよくしたものである。
もちろん座布団を枕にしてゴロ寝もできる。

靴を履いていては、こういう楽しみはできない。

夏休みの宿題

.28 2010 あざみ野近辺 comment(4) trackback(0)
暑中お見舞い申し上げます。

修理に出していたデジカメが帰って来たので、
夏休みの宿題の「自由研究」を「蝉の脱皮の観察」
ということで早めにまとめましたのでお届けします。

子供のころ、昆虫採集をさぼって、8月の最終週に駆け回ったのですが、
その時はすでにニイニイゼミがいなくて焦りまくり、
山の中まで駆けずりまわってやっと一匹採ったことを思い出し、
宿題は早めにやるほうがよいということにしました。

たくさんの写真を撮りましたが、これはすべて自宅から100m以内の
狭い世界の出来事です。

まずは昼間の世界から。

ニイニイゼミ
01 ニイニゼミ

アブラゼミ
02 アブラゼミ

ミンミンゼミ
03 ミンミンゼミ

蝉の抜け殻集団
04 抜け殻

夜の11時に懐中電灯を持って出ました。

脱皮第一段階 頭から抜けて、逆さにぶら下がり、羽が出てくるのを待ちます。
05 逆上がり

脱皮第二段階 前足でつかまり、しっぽを抜いて、おなかが膨れるのを待ちます。
06 やれやれ抜けた

脱皮第三段階 羽が伸びてきます。
07 羽が伸びてきたぞ

脱皮第四段階 羽や体に色がついて来ます。
08 羽の色がついてきた

脱皮第五段階 もうすぐですが、この段階で鳥に食われないよう、朝を待ちます。
09 そろい踏み
一番手前がミンミンゼミで後ろの2匹がアブラゼミです。

今年は去年より蝉が少ない気がするのですが、それでもこんなにいます。

クラブ組織

.27 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
私の出身高校が夏の県大会準決勝で敗退した。
2006年の夏の大会を最後に甲子園に出ていない。
かつて梨田監督や和田投手を輩出した母校もいまいち精彩がない。
こういう風に、夏に日本中が高校野球で盛り上がるというのは、
どう見ても日本特有の現象だ。
春夏の高校野球だけではなく、
冬のラグビー、サッカーの高校選手権も同様だ。

学校というのは地域に根差しているから、
地域対抗・お国対抗の様相を呈するからである。
学校とスポーツがこれだけ結びついている国も珍しい。

フランスの小学校では、体育・美術・音楽などは殆ど学校で教えない。
先生に任されているようである。
美術の好きな先生は、美術館に子供を連れて行き、
ある絵の前で子供たちを車座に座らせて絵の見方を解説している。
体育の好きな先生は体育の時間を設けるが、
そうでない先生は全くやらない。

日本は何でもかでも子供を画一的に育てようという教育システムになっている。
子供は全員鉄棒の逆上がりができるようにし、たて笛が吹けるようにする。
日本式に慣れた親は、フランスの教育システムに仰天する。
何といい加減なことかと。
また、逆にそれもいいねと共感する親もいる。
ただし、逆上がりもたて笛も習わないで日本に帰った子供は苦労することになる。

これを補うのが水曜日である。
フランスの子供たちは週休2.5日で、公立は水・土(半日)・日が休みで、
私立は水(半日)・土・日が休みだった。
休みであるから何をしてもよいのだが、
大抵の子供はコンセルバトワールで、絵画、音楽、バレエなどの教室に通う。
スポーツの好きな子供は、水泳、サッカー、柔道などのクラブに行く。
日本人の子供はだいたい水曜日の午後、レンヌ日本語補習校に通っていた。
こういう教室やクラブは水曜日だけではなく、放課後も土曜日もやっている。
塾に行く子はいない。

こういう風だから、学校とスポーツは結びついていない。
スポーツはクラブでやるのである。

一番多いと思われるスポーツクラブが柔道だった。
車で走って見るとわかるが、小さな田舎町でも必ずと言ってよいほど
「柔道」または「JUDO」という看板を見かけた。
日本の柔道人口が20万人に対し、
フランスの柔道人口が80万人というのもうなずける。
だから2000年のシドニーオリンピックで
ドゥイエ選手が男子100kg超級で金メダルを取れたのだろう。

フランスでは柔道に限らず、いろんなスポーツクラブがあって、
これが村、県、地方、全国という風に積み上がって組織化されている。
村の大会や県の大会での子供たちの成績は、
ウエストフランス紙などの地方紙に掲載され、
子供たちの励みになっている。
知り合いの日本人駐在員の息子さんは、日本人であるにもかかわらず、
水泳でレンヌ市の大会、イレヴィレーヌ県大会、ブルターニュ地方大会を
勝ち上がり、全国大会に出場するためパリに行くと言って喜んでいた。

こういう組織制度のほうが、
ひとつのことに秀でる子供を育てることについては、
平均的な子供を育てることに主眼を置いた日本の制度より
よさそうに思える。
特に芸術やスポーツにおいてだ。

オリンピックの金メダル数やサッカーのワールドカップで、
日本が、人口が半分しかいないフランスになかなか勝てないのも
こういうところにありそうな気がする。

それとも、高校野球に熱中するあまり、
優秀な子が野球に取られすぎるのだろうか。
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