融通無碍な言葉 オン

.30 2010 フランス語 comment(2) trackback(0)
今まで「便利な言葉、ムッシューとマダム(04/03)」
「魔法の言葉スィルヴプレ(05/04)」をお届けしたが、

今日は融通無碍な言葉「On = オン」を紹介しよう。

On は英語の「上に」ではない。フランス語である。

この言葉はフランス語の授業では教えてくれない。

今面白半分にNHKの「まいにちフランス語」を
朝7時半に目覚まし代わりに聞いているが、
4月のスタートから5か月過ぎてもOn は出てこない。
出てこない理由は、推測するに、これを教えると、
一人称単数、二人称単数、三人称単数、
一人称複数、二人称複数、三人称複数、

という6種類の動詞の活用を覚える必要がなくなるからである。

生徒さんがやる気をなくすというか、努力しなくなるからである。

旺文社のROYAL辞書でOnを引いてみると、
1 人(は)、人々(は) 
.......a. 人間一般 
.......b. 限定で 
.......c. 行為者を明示しない時
2 誰か(が)、(ある)人(が)
3 主語人称代名詞の代用
.......a. 私(は)
.......b. <話>私たち(は) 
.......c. <話>君(たちは)、あなた(方は) 
.......d. 彼(らは)、彼女(らは)
―NB 常に主語として用い、
動詞は三人称単数形を用いる

何だこれは、要するに何でもありじゃないか。
しかも活用は三人称単数だけ。
これは便利というか、融通無碍である。
主語を言わない日本人にとっては使いやすい。

私がこの言葉に初めて出会ったのは、
例の部下の会計課長さんのお陰である。
彼のお陰で「便利な言葉スィルヴプレ」を会得した。
彼は私の直属の部下であり、片腕である。
会社の中のフランス人の中では彼と一番よくしゃべっているので、
彼のフランス語から必然的に多くのことを学ぶのである。

私の前任者が帰国するにあたって、
皆で記念品をあげようということになり、
皆から少しずつお金を集めて、足らず前は私が出して
レンヌの絵を買おうということになった。

会計課長とレンヌの町中のギャラリーに入った。
On cherche un tableau de ville de Rennes.
オン・シェルシュ・アン・タブロー・ド・ヴィル・ド・レンヌ
「レンヌの町の絵を探しているのですが」
と会計課長は店の人に切り出した。
この時の私の驚き。
こんな表現に出会ったことがなかったからである。

フランスに来た当時私が知っている買い物の時の表現は、
Est-ce-qu’il y a XX ?   XXはありますか?
Est-ce-que vous avez XX ?  XXをもっていますか?
Je voudrais XX ?  XXが欲しいのですが?
ぐらいしかなかったので、これには驚いた。

大体Onとは誰だ。自分なのか我々なのかそれとも第三者なのか。
その時点で私が知っていたOnの用法は
On parle francais en Canada. カナダではフランス語を話す
というたったひとつ例文だけだったからである。

英語はいろんな言葉が集まってできたので、
ヴォキャブラリーはフランス語より圧倒的に多いが、
こういう便利な表現はない。
せいぜい They speak French in Canada.くらいなものである。

この時以来、買い物の時の私の常とう句が On cherche である。

気をつけて聞いていると、
会話の中ではOn は非常に多用されている。

On va bien ?
On est la ?
On etait comme ca ? 
On y va.
On est d'accord ?
On va faire comme ca ?
On doit faire comme ca.


On のオンパレードである。

融通無碍で便利なことは間違いないが、困ることもある。

動作の主体が誰なのかわからない
からである。

フランス人は自分の過ちを認めない。
(フランス人に限ったことではないが)
エラーを発見した時にフランス人に問いただすと、
間違いが起こった経過を延々と説明する。
決してすみませんとかは言わない。
わからないというと、また一から延々と事の経過を説明する。
この時の主語はOn である。

こちらは言いたい。
貴方は On 、Onと言っているが、それは彼でも彼らでも私たちでもなく、
要は貴方がやったのでしょう、
なぜ Je とか C’est moi qui ... とか言わないのか。

本当にOn は融通無碍な言葉である。

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町の祭り

.28 2010 イベント・祭り comment(2) trackback(0)
自治会の役員に頼まれて初めて町の祭りの準備のお手伝いをしました。
今までは傍観者でしたが、昨年から垣根の剪定ボランティアなどにも
積極的に参加するようにしています。
私なぞは一番の若輩者で、先輩諸氏の言われるとおりに
作業をするだけなのですが、それでも新しい人が参加してくれたと、
皆さんが喜んでくださいます。

自治会の倉庫から、祭りの会場まで、テントの資材を運んで
前日に会場の設営をしました。
祭り昼間の会場1

道路標識の設置も我々の仕事。
道路標識


これは祭り会場の隣にある、四季芸術センター。
隣にあった銀行の研修センターのグランドを買い取って、
けいこ場を数倍に拡大しました。儲かっているんですね。
「港みらい」にキャッツシアターもできたし。
四季芸術センター

業者の人も準備中。
祭り開店準備

午後になって、ゲームも始まり、人々が集まり始めました。
祭り午後の会場1

祭り午後の会場2

夜はこの会場が一杯になりました。
どこにこんなに若い人がいたのかと思うくらい、
若者と子供でごった返しています。

そして最後に、ささやかな花火を。
祭り花火1

祭り花火2

祭りの後の商店街は、どこの店も若い人でいっぱいで、
本屋さんも夜の9時半なのに、大勢の客がいました。
町が若返ったような気がします。
新しいマンションや住宅が増えているのだから当然かもしれません。

追伸
あくる日の日曜日は朝9時から後片付け。
018.jpg 019.jpg

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結婚式

.27 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
レンヌの市役所前広場では土曜日の朝市の帰りに、
必ずと言ってよいほど結婚式を見た。
白いウェディングドレスを見るとこちらも幸せをもらったようで、
うれしくなったものだ。
市役所では証人の立会いの下で書類にサインをするのである。
また、タボール公園では、ウェディングドレスの新婦と新郎が
プロのカメラマンを引き連れて写真をとっているところによく出会った。
結婚式の前に写真をとるのがフランスの習慣らしい。

私が赴任して半年くらい経った頃、部下の女性が結婚するという。
何かお祝いをやりたいがどうしたらよいかと別の部下の女性に尋ねた。
リスト・ド・マリアージュというのが市内のデパートに預けてあるので、
そのリストから品物を選んで金を払えばよいという。

早速、その週の土曜日、家内と一緒にデパートに出かけた。
店員に聞くと確かにリストがあって、食器類、台所用品など
新夫婦が欲しいものがリストにしてあった。
すでに誰かが買ったものがあり、チェックがある。
まだチェックのないものを何点か選んで、
700フラン(1万4千円)を払った。
後はデパートがまとめて品物を届けてくれ、
もちろん誰が何を買ってくれたか、相手方に伝わることになっている。

実に合理的なシステムである。
これなら贈り物がかち合うこともないし、自分たちで選んだのだから、
気にいらないということもない。
全部買ってもらえなかったらどうするのかと聞いたところ、
残りは両親が払ってくれることになっているらしい。

招待状が両家の両親の名前で来た。
結婚式当日はまず、午前中にレンヌ市内の教会に行った。
出席者全員に式次第と讃美歌の歌詞が配られる。
まだフランス語のよくわからない時で、
司会者や司祭の言うことはよくわからなかったが、
周りの動きに合わせて、立ったり座ったり、
讃美歌を小さい声で歌ったりした。

午後から新婦の自宅でアペリティフ(ちょっとしたお酒と簡単なおつまみ)
があるので来ませんかといわれたが、
子供たちを家に残してあるからと断って、
夕方からの披露宴に行くことにした。

午後5時開演の披露宴はレンヌ市から20kmの郊外にある
両親の地元の町の公民館を借りきってやるという。
同じく招待されている同僚の日本人駐在員夫妻と我々夫婦と4人で出かけた。
4時半ころ着いたが、まだ誰も来ていなかったので、
しばらく時間つぶしにどこかのバーにでも入ろうということになった。
本当に小さい町で、中心部には家が30軒ほどあるだけだったので、
一軒しかないバーはすぐに見つかった。

4人で入ってビールを注文したが、
中にいる町の住民からじろじろと見られてしまった。
まさにチクチクというくらい頬に視線が当たるのを痛いほど感じた。
フランス語のわかる先輩同僚の奥さんが
「シノワ(中国人)か、ベトナミアンか、カンボジアンかと噂しているわよ」
「こんな田舎に私たち見たいな東洋人が来るのが珍しいのよね」

5時をだいぶ過ぎたころに、遠くから車のクラクションが聞こえてきた。
新郎新婦の行列が着いたらしい。
道路に出てみるとリボンをかけた車の列がこちらに向かっていた。
列の最後の車には、赤ん坊の人形と大きな箒が飾られていた。

公民館の中では、生バンドが演奏をし、料理とワインがふるまわれた。
日本のようなお祝いのスピーチとかは一切ない。
一通り食事が終わったら、それからダンスである。
老人も子供達も皆ダンスが上手である。
日本人が珍しいのか、私の家内と友人の奥さんは引っ張りだこである。
にこにこしたおじいさんたちが次から次へと誘いに来る。
家内はワインが回ってもう駄目だと悲鳴を上げていた。

11時過ぎに、子供たちが待っているからと言い訳をして、
退散することにした。遅い人は明け方まで踊るのだという。

その後、結婚式はさらに2度招待されたが、似たようなものであった。

一度結婚式でひどい目に遭ったことがある。

ヴェルサイユ宮殿に観光に行った時、宿を予約していなかったので、
宮殿のすぐ横のバーホテルに飛び込みで泊まった。
フランスのバーやレストランは殆ど上がホテルになっている。
昔は旅籠でないと酒が出せないという法律があったらしい。

今グーグルのストリートビューで探してみるとこのパブレストランである。
Versailles_S.jpg

食事をして、寝ようとしたのだが、下の階がうるさくて寝られない。
ちょうど土曜日の晩で、下のホールが貸切で披露宴をやっていた。
明け方の4時までバンドの音楽と、どんちゃん騒ぎのけんそうで
殆ど眠ることができなかった。

この手のホテルに泊まる時は、結婚式の披露宴が予定されていないかどうか、
事前によく確認したほうがよい。

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介護方針会議

.26 2010 介護 comment(2) trackback(0)
昨日は母のデイサービスの日。
デイサービスの地域ケアプラザで、介護方針会議というのか
三者面談というのかわからないが打ち合わせをした。
横浜市福祉サービス協会のケアマネージャ、
同協会のケアプラザの生活相談員の方、
福祉用具会社の福祉用具専門相談員の3人と
私と家内の5人で会議をした。
本来はここに母が入るはずだったが、
広間のほうで楽しくゲームをやっているようだったので、
いいでしょうということになった。

ケアマネさんが作ってきた、「居宅サービス計画書」にハンコを押して
会議は終わった。
所要時間40分。
書類作成時間とここに集まる時間を含めると、
皆さんの拘束時間は何時間になったのだろう。
そもそもは、一か月前に市役所の介護度認定委員の方が我が家を訪問して、
認定更新審査をしていただいた結果を確認するためでもあった。
市役所の認定は前と同じ要介護2。

昨年の年末に大腸に穴があいて、手術の結果人工肛門(ストマ)をつけ、
腎臓の人工透析を開始して、要支援2から一気に要介護2になった母のために、
横浜市の方々や病院の方々にお世話になりっぱなし。
身体障害者一級になったために、よくわからないが、
母には保険者証が4通ある。
① 神奈川県後期高齢者医療広域連合発行の「後期高齢者医療被保険者証」
② 同上発行の「後期高齢者医療特定疾病療養受領証」(人工透析)
③ 横浜市長発行の「横浜市重度障害者医療証」
④ 横浜市発行の「介護保険被保険者証」

これらのお陰で、先月の病院からの請求書は
保険点数が30,793点=307,930円だったが、母への請求額は
保険対象外の止血テープ代315円のみ。
全く申し訳ないような金額だ。

昨日の新聞記事によると、
2009年度の医療費総額は35兆円(対前年+3.5%)で、
うち70歳以上が15.5兆円(全体の44%)を使っている。
70歳未満の人の医療費は@16万8千円/一人、
70歳以上の人の医療費は@77万6千円/一人
75歳以上の人の医療費は@88万2千円/一人(後期高齢者)
母なぞは平均どころではなく、30万円x12ヶ月=360万円だ。

人工肛門も人工透析もない時代だったら、母は生きてはいられない。
医療技術の進歩に感謝するとともに、
医療費を負担してくれている、横浜市に感謝、
また病院の方々と横浜市福祉サービス協会の方々に感謝。

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浮気社会

.25 2010 フランスの生活 comment(4) trackback(0)
私がブルターニュに赴任して初めての給料支払いの時、
銀行振り込みの総額に人事課長と人事部長のサインがあるのを確認して、
私はサインをした。一応、先月との差額の説明もチェックした。

その時同時に3枚の小切手にもサインをしてくれという。
「これは何だ」

前任者から、引き継ぎを受けていなかったのだ。
もっとも何から何まで、細かいことまで引き継ぎはできはしないのだが。
私の部下の女性は、知っている風だったが、言いにくそうにしていた。
「じゃあ、人事課長を呼んで」
マダム人事課長はニコニコしてやってきた。
会議室へ行きましょうという。

会議室でマダムの話をじっくり聞いた。
まだフランス語の聞き取り能力は十分ではなかったからである。
要は、これは離婚して子供を引き取っている女性が、
元の旦那の給料を養育費として差し押さえている分の支払いだというのだ。
養育費を払わない男がいるので、給与の差し押さえは認められているという。
裁判所からの通知で会社は給与天引きで代わりに払ってやるのだ。
マダムは会議室の黒板に絵をかきながら説明してくれた。
「ダコー、ダコー、ジェ・ビヤン・コンプリ」(わかりました)

「ところでこれは誰なの?」
最初の小切手は、○○課長の分だという。
え、あの、お髭のおじさん。
日本人に分かりやすいフランス語を話そうとして、
フランス語が少しおかしいといういつもニコニコしている男だ。
「彼は離婚しているんだ? でも奥さんはいるんだろ」
「今の奥さんは二人目です。前の奥さんとの間にも子供がいるのです」
「あーそう。やるもんだね」

「じゃ、次のは」
「これは現場の○○職場長です」
ああ、あの真面目そうな奴。色男風でもないけどな。

「最後のは?」
「XX職場の○○さんです」
「どんな男だったっけ、ああ、あの背の高いやつか」

赴任早々にして、フランス人の恋愛行動の洗礼を受けましたね。

従業員700人の会社だったが、
半分以上は若い近郷の農家出身のマドモワゼルだった。
これでけっこう惚れたはれたの事件が起きるのである。

フランスではお見合いという制度がないので、
自力で相手を探さなくてはならない。
どこで探すか。
そんなにチャンスはないのである。
村のダンスパーティで知り合ったなどというのは、ましなほうだ。
結構職場結婚が多い。
当然と言えば当然である。
自分の秘書に手を出して結婚したというのはよくある話である。
私の会社は設立されてから6年目だったが、
職場結婚のカップルは相当いた。

ある時、総務課の来客受付・電話交換のお姉さんが産休に入って、
代わりに新しい女性がCDD(セー・デー・デー)Contrat dure determine
(コントラ・デュレ・デテルミネ)期限付き雇用で入社してきた。
このマドモアゼルが実に色っぽい。
目がびっくりするほど大きくて、ちぢれ毛の黒髪。
ハスキーヴォイスのしゃべり方、しぐさが実に色っぽい。
しかも、前の会社で社長秘書をやっていたとかで、
服装もバッチリ決めていたし、なにより言葉が非常に丁寧なのだ。

まだ卓上の固定電話しかない時代だったので、席を外しているときは、
交換から車内放送で呼び出しがかかった。

前の交換のお姉さんは、
「ムッシュー・トヨサカ、ムッシュー・トヨサカ、
ドワ・タプレー・オー・ストンダール」
(豊栄さん、交換台に電話のこと)という感じだったが、

新しい交換嬢は、
「ムッシュー・トヨサカ、ムッシュー・トヨサカ、
エ・プリエ・ド・アプレー・オー・ストンダール」
(豊栄さん、交換台にお電話いただきますようお願い申し上げます)
とハスキーヴォイスでやるのだ。

男ならだれでも、ヨロヨロと行きそうな声である。

すぐにアタックを開始する男どもが日本人独身駐在員を含めて大勢いた。
あまりに色っぽい女性を雇うのも会社としては問題がある。

いろいろ噂は聞こえてきたのだが、
彼女を口説き落としたのは何と、社内結婚しているエンジニアだった。
「ええー?、奥さんは隣の職場にいるじゃない。子供もいるって聞いたぞ」

日本の会社だと、社内不倫はご法度で首と決まっていたが、
フランスでは、会社がどうのこうのとは言えないのだ。
さすがに、色っぽい彼女は会社を辞めた。
エンジニアとその奥さんは離婚はしたが、どちらも会社で働いている。

また、ある時、最長老の50代の職場長が、親子ほども年の違う
若い現場の女の子に手を出して結婚した。
もちろん職場長は奥さんも子供もいたが離婚したのである。
このおじさん、毎朝新しい若い彼女と手をつないで、
(それも、腕を抱え込まんばかりのつなぎ方、わかりますね)
会社の駐車場の門を入ってくるのである。

私と同い年のフランス人ディレクターがいた。
例の会議室に閉じこもって仕事をするおじさんである。
彼が、部下の特定の女性にいつも成績査定でAをつけるのである。
しかもチャンスがあればプロモーションをかけようとする。
以前の学歴社会の記事で書いたように、
労働組合のコンヴァンシオン・コレクティフ(労働協約)によって
昇給システムが決まっているので、学歴のない人は簡単には昇給しない。
昇給するためには会社でプロモーションをかけて昇格させるしかないのだ。
彼女は職業高校を出ているだけで、BACも持っていない。
どうもおかしいぜと私たち日本人ディレクターは話していた。
出張の時に彼女を同行し、ホテルの部屋からハッフン・ハッフン
という声が聞こえてきたという噂もあったからである。
私が日本に帰任した後、彼は離婚して彼女と結婚したということを聞いた。
やはり年の差は20くらいあったはずである。

私なんぞは一人の女との関係を維持するだけで精一杯で、
とても新しい女とまた一からやり直すなんて、
そんなしんどいことをやる元気もないですな。
アーと言えばツーという関係を作りあげるのにどれだけ苦労したことか。

フランス人は元気で若い。
だから出生率が復活したのだと思う。
日本の著名な女性の動物行動学者が週刊文春の会談の中で言っていた。
フランスのような結婚形態が緩やかなほうが、出生率は上がるはずだと。

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