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うさぎドロップ

.23 2011 映画 comment(0) trackback(0)
映画「うさぎドロップ」を観た。

うさぎドロップc_1024x768_convert_20110823162324

「松山ケンイチって誰だっけ?」
「小雪と結婚した人よ」
「あ、そうか。年上のいい女を口説き落としたやつか」

原作の漫画は呼んだことはないが、安心して見られそうな映画だ。
12:40の回に入ったのだが、何と席の中段から上はほぼ満杯。
映画は平日の昼間に見るので、
いつも観客は10人もいればいい方で、
こんな混み具合は久しぶりである。
夏休みの子連れが多かったのも事実だ。

祖父の葬式に行ったら、祖父の隠し子(6歳)がいた。
親戚一同の冷たい言葉に反発して、引くに引けなくなり
勢いで子育てを引き受けることになった独身男の話である。
会社ではバリバリ仕事のできる花の係長。
それにしても、今時というか昔も今も、
こんな優しい、面倒見の良い男がいるなんて信じられませんが、
松山ケンイチはいい味を出していますね。
相手の天才子役の芦田愛菜ちゃんも噂にたがわず凄い。

とにかくほのぼのとした、ちょっと泣かせる、
期待通りの健全なドラマでした。

九品仏(くほんぶつ)サギソウ

.20 2011 花(草花) comment(2) trackback(0)
太平洋高気圧が南に下がり、
秋雨前線が南下して来て雨が降ってくれたおかげで
ようやく猛暑から解放されました。
今日は雨も上がり、散歩に出てもいいなと思わせる温度になりました。

実は8月16日は、自治会の「歩こう会」による
「九品仏浄真寺のお面かぶりを観て、等々力渓谷に涼を求めましょう」
という企画に参加する予定でした。
ところが急に別の予定が入って来て、参加できませんでした。

そこで、涼しくなったことだし、九品仏(くほんぶつ)に行ってみるかと、
急遽出かけることにしました。

大井町線の九品仏の駅を降りると、すぐ参道です。
参道のそばには交番があります。
001九品仏 001

「禁銃猟 警視庁」昔この辺は大きな森だったのでしょう。
002九品仏 003

やがて山門に出会います。
003九品仏 005

まだ8月16日のお面かぶりの儀式の掲示が残っていました。
この儀式は3年に一回しかないので、次回は2014年8月16日です。
004九品仏 006

山門のそばには閻魔堂。
005九品仏 010

その次は仁王門です。
006九品仏 011

本堂の手前に、期待のサギソウ園がありました。
残念ながら、もう花の時期を過ぎており、5~6個の花しか咲いていませんでした。
007九品仏 018

それを拡大して撮ったのですが、ピンボケです。
こういう画像はバカチョンカメラでは距離が遠いとやはりうまく撮れません。
008九品仏 024

サギソウをご存じない方のために、
2008年に茨城県水戸市の成就院池公園で撮った写真を参考として載せておきます。
水気の多い沼地に群生するようです。
009+2008-08-20水戸市成就院池公園サギソウ001_convert_20110820195903

サギソウは世田谷区の花なのですが、真剣に保護されているようには見えません。
010+2008-08-20水戸市成就院池公園サギソウ拡大_convert_20110820195952

広い境内の本堂の対面に3つの阿弥陀堂があり、
それぞれに3体ずつ合計9体の阿弥陀如来像が安置されていて、
この9体はそれぞれ、

「上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生」

「中品上生、中品中生、中品下生」

「下品上生、下品中生、下品下生」の額がついています。

これをあわせて九品(きゅうぼん)あることから、
浄真寺は通称「九品仏(くほんぶつ)」と呼ばれています。

九品仏の詳しい説明については、

浄土宗善照寺の
http://www.zenshoji.or.jp/fuku/sanbon.htm
の説明を読んでください。

上品(じょうぼん)の阿弥陀様は3体ありますが、
いずれも手を膝の間で組んでおられます。
手の印形が少しずつ違っていて、
上生(じょうしょう)、中生、下生に別れているようです。
011九品仏 043

012九品仏 上品上生044


中品(ちゅうぼん)も3体あります。
いずれも手のひらを胸の前まで上げていますが、
指の形が微妙に違います。
013九品仏 033

014九品仏 中品上生038


下品(げぼん)も3体です。
いずれも右の手を胸の前まで上げ、左の手は膝の上です。
やはり指の形が微妙に違います。
015九品仏 048

016九品仏 下品中生050


これらの写真は窓ガラス越しに撮ったもので撮影に苦労しました。
16日のお面かぶりの儀式の後は、
本堂もこの3堂(上品堂、中品堂、下品堂)も開放されて
仏像の撮影は簡単だったようです。残念、残念。
あと3年待たなければならないのでしょうか。

最後は大きな駐車場のそばの東門からでて、自由が丘の町を目指しました。
017九品仏 061

久しぶりに来た自由が丘の町。駅の南側です。
昔(35年前)ここはどぶ川が流れていて汚かったのですが、
そのどぶ川に蓋をして、散歩道を作り、素晴らしくこぎれいな町に変わりました。
018九品仏 063

カフェ「花きゃべつ」。
私は昔このそばの独身寮に7年ほど住んでいましたが、
その当時ここは経営者がころころ変わるバーでした。
ところが明るい喫茶店に変わって、それがアンアンに取り上げられると、
一躍人気スポットになりました。
あれから35年、まだこの店が頑張っているというのはすごいことです。
019九品仏 064

昼食のためにスペイン料理屋に行ったら満員で断られ(予約が必要でした)、
結局昔馴染みの自由が丘デパートにやって来ました。
020九品仏 068

そこの3階の「餃子センター」に入りました。
ここも私が独身時代から続いている店で色んなギョーザを出します。
021九品仏 065

ビール1本(ザーサイ付き)、スタンダード餃子2個、大葉餃子、海老餃子、
烏賊餃子、しそチーズ餃子を注文しました。
022九品仏 066

ギョーザの後のデザートを探して外に出たら、見つけたのがこれ。

"GODIVA Chocolixir"

アールグレイと抹茶です。
ホワイトチョコと氷を粉砕しているので、頭が痛くなるほど冷えました。
023九品仏 070

ほどよい散歩日和でした。
今日の歩数12000歩。


USB mini fan

.18 2011 あざみ野近辺 comment(0) trackback(0)
暑い!暑い!
さすがに我が家でも我慢しきれず先週からエアコンを入れております。
でもこういう日は家にいるよりも、
外出して車のエアコンで過ごす方が狭い空間を冷房するので、
省エネになるのではないかと思います。

というわけで、川崎の長男宅に孫の顔を見るついでに、
忘れ物を届け、冷房のきいた店に買い物に行こうということになりました。

帰り道の中原街道沿いで立ち寄った牛丼の「すき屋」。
「おんたま牛あいかけカレー」並540円。
私の大好きな温泉卵と牛丼とカレーがみんな入っております。
GyudonCurry.jpg

買い物に行ったのがニトリ。
そこで衝動買いしたのがこれ。
USBでパソコンに差し込むと顔に風を送ってくれるミニ扇風機。
980円。
団扇で顔を仰いでいるような効果しかありませんが、
涼しいです。
事務所のデスクの上によいかも。
USB Mini Fan


高砂百合 Lilium formosanum

.17 2011 花(草花) comment(0) trackback(0)
最近我が家の周りのあちこちで咲き始めた百合がある。
高砂百合01

家内がこの花の名前は何だろうねと聞くので、
「鉄砲百合じゃないの、田舎でも土手に咲いていたよ」
と私はいとも簡単に答えたのだが、家内は違うような気がすると納得しない。
高砂百合02

確かに、鉄砲百合はもう少し葉っぱが丸くて太かったような記憶がある。
それにしてもこの百合ははびこると言うと聞こえは悪いが、
毎年同じ場所に出てきてしかも増える。どんどん増えるのだ。
高砂百合03

色々調べてみると、ネットのうえでも、決めかねているようだ。
だが最も有力なのが高砂百合らしい。
高砂、すなわち台湾 (Formosa) からの帰化植物だというのである。
高砂百合04

ただ、高砂百合は花の外側に赤い線が入っている。
ところが高砂百合と鉄砲百合が交配して、新鉄砲百合というのがあるらしい。
その花は赤い線がなくて白い。
だが高砂百合の中には真っ白なものもあるという。
高砂百合05


しかし、葉っぱが細いのは高砂百合の特徴である。

結局我が家では、6月に咲くのが鉄砲百合で、
8月に咲くのは高砂百合だということにしようと決めた。

先に咲くのがツツジで後から咲くのがサツキというようなものである。



シュリーマン旅行記

.15 2011 読書 comment(0) trackback(0)
「シュリーマン旅行記 清国・日本」石井和子訳 講談社学術文庫
を読んだ。
私は新聞や雑誌の書評、ブログなどで紹介されて面白そうだと思った本を
ポストイットに書いて手帳に貼っておく癖がある。
偶々その本を図書館で見つけたのだ。

シュリーマンといえば、トルコのトロイアを発掘した考古学者だ。
それが日本に来たことがある?
ちょっと信じられない話だが本当だった。
1865年、明治維新の3年前の初夏に一ヶ月日本に来ていた。
この時彼は43歳。
日本から帰ってパリで大学に入り考古学を学び、
トロイアを発掘したのは6年後の1871年のことである。

彼はもともとドイツ生まれだが、オランダで暮らし、
24歳から41歳までロシアのペテルスブルグで
藍(インディゴ)貿易で莫大な財をなした。
そのあと商売をやめて世界漫遊に出かけたのである。

日本に来る前に清国を訪れている。
ここでの彼の最大の目的が万里の長城を見ることだった。
今は観光地として整備されているが、
当時は支那人に何でそんなところへ行くのかと
馬鹿にされ笑われたと書いている。

(まるで私がベルリンの壁を見に行った時と同じだ)
当時の万里の長城は崩れかけ、全く手入れがされておらず、
登るのも大変だった。

清国では、とにかく不潔なこと、役人の腐敗堕落、女性の纏足
について強烈な印象を書いている。
また北京城が何の修復もされず荒れるに任せたままという状況に、
清朝の衰えを感じていた。

日本に対する印象は中国とは反対で、
とにかくポジティブなことしか書いていないのである。
異文化に接した時、普通の人は
何でこんなおかしなことをするのだろうと、ネガティブに書くものだが、
彼は日本の文化をそのまま受け入れ、理解しようとしている。

以下に列挙してみる。
① 海から見た富士山の素晴らしさ。
② 横浜港に着いた時の人足の印象。
一本の細い下帯だけで刺青の色彩の鮮やかさ。
手足がひどい疥癬にかかった人足が多い。
地震のため日本では煙突が一本もない。
④ 日本人は皆園芸愛好家だ。
⑤ 清潔さのお手本のような国だ。(当時は英仏も清国も不潔だった)
⑥ 家の中に家具がない(家具がなくても生活できる)
⑦ 正座しても疲れない(役人の事務の仕方を見て)
⑧ 売春婦の社会的身分が必ずしも低くないこと
娼家を出て正妻になるものもいれば、年季明けに実家に帰って結婚するものがいて、読み書き芸事も教えてもらえる。
⑨ 役人が絶対ワイロを受け取らないこと(清国と逆)
「彼ら(日本の役人)に対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持からでも、現金を贈ることであり、また彼らのほうも、現金を受け取るくらいなら「切腹」を選ぶのである」

全く手放しの褒めようである。

それにしても彼の好奇心と行動力はすごい。
当時外人は横浜に封じ込められていたにもかかわらず、
どういう伝手を頼ったのかは知らないが江戸に入ることに成功している。
麻布の善福寺(アメリカ合衆国公使館)、品川東福寺(英国公使館)、
臨海時(仏国公使館、門前でヒューススケンが殺された)、
麻布の光林寺(ヒュースケンの墓)を訪れている。
この当時、江戸のあちこちでコウノトリの巣を見かけたと書いている。

八王子まで出かけて当時の養蚕地域を見学し、
浅草観音寺、王子の盆栽、寺子屋、鍛冶屋まで見学している。
芝居小屋にも入った。

独楽の曲芸に感嘆し、
これを欧米で興行すれば大儲け間違いなしといっている。
(その後、日本で最初にパスポートを取得して外国に出かけたのは、
独楽の曲芸団だったそうだ)

また将軍が上京(京都へ)する時の行列見物に出かけ、
これを詳しくレポートしているのだ。
例えば、当時の馬は蹄鉄なしで藁のサンダルを履かせていた、などと。
(実際、蹄鉄の使用は明治以降)

彼のレポートの特徴は、道幅、物の大きさを表すのに数字を多用しており、
また物の値段、宿泊代、食事代を細かく記していることだ。

日本からアメリカへ渡る航海中に、フランス語で書いたのだが、
たった一ヶ月でよくもこれだけのことを観察したものだと感心する。
私なぞ、8年もフランスにいて、
フランスの何たるかをいまだに理解していない。

彼が訪れた東京のお寺を、そのうちぜひ訪ねてみたいものだ。

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