三春の滝桜 Fukushima (Cerisier 25)

.30 2012 桜の名所 comment(2) trackback(0)
4月28日(土)晴れ、気温26度

福島県は三春の滝桜にやって来ました。
三春滝桜01_convert_20120430125313
(写真をクリックすればより大きな滝桜が鑑賞できます)(Cliquez pour agrandir)

この桜を見るのが我々夫婦の長年の願いでしたが、
東京の妹が母を預かってくれたので、ようやく実現しました。
妹に感謝、感謝。
三春滝桜02_convert_20120430125354

それにしても樹齢1000年超の桜というのは、
すごい存在感です。
しめ縄が張ってあってもおかしくはない。
今から1000年前というと、平安時代の中期、枕草子や源氏物語が書かれた頃、
ヨーロッパでは神聖ローマ帝国ができたばかりですね。
三春滝桜03_convert_20120430125422

富嶽三十六景といいますが、この桜も見る角度によって表情が違うので、
三春滝桜04_convert_20120430125448

ぐるっと一周してみました。
三春滝桜05_convert_20120430125515

空が青いのでいい写真が撮れます。
私は常々晴れ男を自認しているのですが
家内はわたしの功績をなかなか認めてくれません。
三春滝桜06_convert_20120430125542

この樹は日当たりの良い南向き斜面の中央に位置していて、
今や周囲は遊歩道と芝生の公園と化しています。
三春滝桜07パノラマ_convert_20120430125635

丘の上の桜も、これだけで十分名所になりそうなくらいです。
三春滝桜08丘の上01_convert_20120430125701

北の方には安達太良山の山並みが、まだ雪をかぶっています。
三春滝桜09丘の上02_convert_20120430125721

神社のそばの大木はひときわ目立つピンクの輝きを放っていました。
三春滝桜10丘の上03

丘を超えたところにある農家の庭先にも立派な枝垂桜がありますが、
三春町には素晴らしい枝垂れ桜がいくらでもあって、
とても全部は見ている暇がありません。
三春滝桜11丘の上04_convert_20120430125907

それにしても三春町では前日に満開宣言があったらしいのですが、
横浜の住人からすると、まるで20日前にタイムスリップしたような気分です。

さくらタイムというのは、北に行けば遡れるのですね。

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八重桜並木 Cerisier 24

.27 2012 花(桜) comment(0) trackback(0)
桜もいよいよこれが最後。

我が家の近くでは、
カリタス短大横の桜のトンネル(ソメイヨシノ)が有名だが、
その隣の大場町からみすずが丘(横浜市青葉区)にかけて、
1km以上に渡って続く八重桜の並木が
十文字に交わっていて、素晴らしい。
八重桜並木01

いかんせんまだ木が若いので、トンネル状態にはなっていない。
八重桜並木03

あと5年か10年すれば、名の売れた名所になるかもしれない。
八重桜並木02

ただ、ソメイヨシノの狂騒曲が終わったあとなので、
人々の関心も今ひとつのように見える。
八重桜並木04

これらの写真はいずれも天気が悪くなることを予想して、
三日前に撮影しておいたものだ。

今日の雨で、相当散ってしまったに違いない。


浦島草と見沼の雉 Un faisan

.26 2012 花(草花) comment(0) trackback(0)
浦島草と見沼の雉、
どういう取り合わせじゃそれは?
と思われるでしょうが、
要は関係ないことをひとつの記事に入れただけです。
でも場所的には同じ、さいたま市見沼の出来事です。

浦島草 ウラシマソウ (サトイモ科テンナンショウ属)

これは、尾島家の竹やぶで、クマガイソウの横にいたウラシマソウです。
私たちはこれをムサシアブミだと思っていたのですが、
隣にいた訪問者があれはウラシマソウだと教えてくれました。
もう一度よく見ると、花の先からひょろひょろした細長いひもが出ています。
これを浦島太郎の釣り糸に見立ててウラシマソウと名付けたようです。
01ウラシマソウ01_convert_20120426090342


下の写真は、武蔵鐙(ムサシアブミ)で高蔵寺(町田市)で撮影したものです。

調べてみるとなんと同じくサトイモ科テンナンショウ属です。
大きな葉が2枚、更に小さい葉が3枚と書いてありましたが、確かにそのようです。
武蔵の国でつくられる馬具の鐙(アブミ)に形が似ているのでしょう。
02ムサシアブミ01


尾島家の藪でもう一つのサトイモ科テンナンショウ属を見ました。

雪餅草(ユキモチソウ)という立札がありました。

花の中心は、確かに雪のように白く、ふっくらした餅のように見えます。
03ユキモチソウ01

それにしても、テンナンショウ(天南星)属というのは変わった形をした花ですね。



尾島家でクマガイソウを堪能したあと、見沼の散策ドライブに出かけました。
外は炎天です。気温25度。半袖は正解でした。

これは旧坂東家住宅見沼くらしっく館です。
8間づくりの豪邸でした。
クマガイソウ 113

見沼用水路を下ってゆくと、ピンクの塊がありました。
04ツツジとシャクナゲ03

庭木屋さんの畑にツツジとシャクナゲが大量に植えてあるのです。
この畑を見にゆくと「ケーン、ケーン」と鳴き声がします。
05ツツジとシャクナゲ01

雉も鳴かずば撃たれまいに、というのは本当です。
鳴き声がなかったら発見できなかったでしょう。
何十年ぶりに雉を見ました。
48倍のズーム機能のお陰で写真が取れました。
06キジ01

記事のタイトルからいつ雉が出てくるのかと期待された方、
お待たせしました。

クマガイソウ Cypripedium japonicum

.25 2012 花(草花) comment(0) trackback(0)
熊谷草(クマガイソウ)を生まれて始めて見ました。

感激です。

さいたま市見沼区御蔵998 東西御蔵自治会館前の尾島家にお邪魔しました。
ここのお宅の竹林にクマガイソウの群生地があるのです。
見沼ICまで高速があるので、車で一時間半の距離でした。
クマガイソウ+001

ラン科アツモリソウ属クマガイソウ
草丈は30cm以上あって、花も大きく見応えがあります。

北海道から九州まで分布しているそうですが、
残念ながら、子供の頃、島根県で見た覚えはありません。
クマガイソウ+002

低山の竹林や杉林のなかに群生するとのこと。
人間が手入れした林の中に育つので、
そういう里山がなくなってきたのと、乱獲によって絶滅危惧種に指定されています。
しかしそれほど心配する必要もなさそうで、
福島市の水原地区にはもっとすごい群落があるそうですし、
平塚市の府川園芸では栽培されていて鑑賞もさせてくれるようです。
クマガイソウ+003

ちょっと変わった形をしていますね。
2枚の扇を広げたような葉。
バテレンの首飾りのようにも見えますし、
マリリン・モンローが舞い上がったプリーツスカートを抑えているようにも見えます。
クマガイソウ+004

クマガイソウと言うともっとごついイメージですが、
なんとも優美な花ではありませんか。
クマガイソウ+005

平家物語では、源氏の熊谷直実は自分の息子と同じ年ごろの
平の敦盛の首を討ち取り、その後その霊を弔うために出家したとあります。
また当時の武者は皆、
後ろからの矢を防ぐために大きな風船のようにふくらませた布、
母衣(ほろ)を背負っていたとのことで、
花がこの母衣に似ていることからこの名前がついたそうです。

源平の旗の色に合わせて、
花が白いのがクマガイソウで、赤いのがアツモリソウだとのこと。
いつかアツモリソウも見てみたいものです。
クマガイソウ+006

しかし、この花を見て、平家物語にちなんだ名前をつけるとは、
日本人の花を愛でる心と、文化の深さを感じますね。
クマガイソウ+007

竹林の裏側に回った時に気がついたのですが、
クマガイソウは皆同じ方向に向かって花を咲かせています。
ちょうどお昼で、花は太陽と反対側を向いていました。
ということは花は北を向いているということになります。
クマガイソウ+008

おなじ尾島家の竹やぶの中でも、畑に近い方では、
下の写真のように、まだ芽を出しているところで、
あと一週間は花が楽しめそうです。
クマガイソウ+010

クマガイソウ以外にも、別な発見がありましたので、
それは次回に報告します。

あさのあつこ

.23 2012 読書 comment(0) trackback(0)
あさのあつこ 008


あさのあつこの弥勒シリーズに只今夢中。

「あさのあつこ」の著作では、以前「バッテリー」を感動して読んだ。
成長する少年たちの真剣な心のやり取り、その心理描写の見事さ、
切れのいい文章に魅せられたものだ。

今回、偶々本屋の店頭においてあった、「夜叉桜」を手にとった。
へー、あさのあつこが時代小説を書いている。
解説を今年の本屋大賞「舟を編む」の作者
三浦しおんが書いているではないか。
ついつい買ってしまった。

読み始めてすぐにぐんぐん引き込まれてゆく。
途中で、これは前作があるのではないかと気づいた。
結局一冊目の「弥勒の月」、
三冊目の「木練柿」も買って読む羽目になった。

主人公は、偏屈で拗ね者で意地悪で気まぐれだが、
人の心の動きに敏感な切れ者の同心小暮信次郎。
その岡っ引きである伊佐治。
そして、元は武士らしきなぞの男、小間物問屋の若主人遠野屋清之介。

この三人の心のやり取りを中心に物語は展開してゆく。

第三巻の「木練柿」の中から原文を引用してみる。

遠野屋の言葉はそれを投げかけられた相手の心に触れて、心地よく揺するのだ。おみつだけではない。この店の誰もが、いや、遠野屋に接した誰もが濃淡はあっても感じる情動ではあるまいか。
 このお方は誰よりもわたしをわかってくれている。ならば、このお方のために精進しよう。尽くそう。命を賭けよう。


信次郎のように容赦なく相手を切り裂き、臓腑ごと真実を引きずり出そうとする男と、遠野屋清之介のように柔らかく包み込み意のままに操ってしまう男と、さて、どちらが危殆なのか。


「わかるもんかね。おりん、おまえはね、今、男に惚れて目が眩んでいるだけさ。半ちくを優しい、粗暴を男らしい、言葉足らずを奥ゆかしい、そんなふうに取り違えて、何でもかんでもよく思えているだけなんだよ」


おりん、夫婦ってものはね、これでいいんだよ。切羽詰まったぎりぎりのところで向かい合うものじゃなく、一日一日をやんわりと二人で生きていくもんなんだよ。おまえは、それをいつ知るんだろうねえ。


祝言をあげ、夫婦になる。睦みあい、子をつくる。その子を育て、商いに精を出し、ゆるりゆるりと老いていく。単純でまっとうな枠組みがいる。その枠内で暮らしていく。


という具合である。

ちょっと変わった時代小説だ。


遠野屋清之介が引きずる武士の時代の過去は三巻では決着がつかず、
更に進展してゆく。

第四巻目がすでに発売されていたのだが、
これはハードカバー単行本で1600円もする。
文庫本で600円になるまで辛抱することにした。
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