早渕川

.28 2013 あざみ野近辺 comment(0) trackback(0)
都筑民家園からセンター北駅に帰ってきました。
阪急デパートでは「吉徳大光ひな人形販売中」をやっています。
01都筑民家園 116

まだ、一時過ぎだったので、あざみ野まで歩こうということになりました。
いつも車では来ていますが歩くのは初めてです。

浄土真宗東善寺の境内にすばらしいピンク八重咲きの梅を発見。
02浄土真宗東善寺01

03浄土真宗東善寺02

そうこうするうちに早渕川に突き当たりました。
「あれ、この道は通ったことがあるぞ」
そうです、Bコース(中川駅南コース)のなかの、しらさぎのみちではありませんか。

前回見落とした水神様も見つけました。
都筑民家園 125

このお宅のトクサ(木賊)は立派です、よく育っています。
都筑民家園 135

ツクシそっくりのつぼみが出ています。
調べてみると、スギナは同じトクサ科でした。
都筑民家園 141

早渕川には、前回も見た錦鯉が元気でいました。
私たちが岸辺に寄ると、餌をねだって寄ってくるではありませんか。
都筑民家園 148

川岸の梅の花の下で、じっと動かずに居る大きな鳥がいます。
五位鷺01

家に帰って「水辺の鳥」で検索をかけたら、ゴイサギと判明しました。
五位鷺02

「五位鷺」という名の由来は、平家物語の中のエピソードによります。
    醍醐天皇が神泉苑で遊ばれたとき、鷺がいたので、
    六位を召して「あの鷺を、捕ってまいれ」と命ぜられた。
    六位が鷺に近づいたが、鷺がそれに気づいて飛び立とうとしたとき、
    「宣旨ぞ」と叫んだ。すると、鷺がじっとしたので、
    これを捕らえて天皇の前に持ってきた。
    天皇は、「汝が、宣旨に従って参りたるこそ、神妙なれ、やがて五位になせ」
    といって放されたということです。
    これ以降、この鷺のことを五位鷺とよぶそうです。

ゴイサギが鮎を上手に何匹も採っている動画を見つけました。



花桃の切り枝の出荷作業をしていました。
もうすぐ雛祭りです。
都筑民家園 158

センター北からあざみ野駅まで、ちんたら歩いて約1時間。
4kmもないですね。
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都筑民家園の雛飾り

.27 2013 あざみ野近辺 comment(0) trackback(0)
センター北で映画「ダイ・ハード/ラスト・デイ」を家内と見ました。
01ダイ・ハード
噂では聞いていましたが、もう筋はめちゃくちゃ。
ひたすらハラハラするアクションシーンを楽しみました。
「えー、そんなところを飛び降りるの、死ぬよ」
もういい年なんだから、懲戒解雇というか不名誉除隊になる前に
停年退職すれば年金も貰えるだろうし、
次作からは息子に任せておけば、という感じですが、
まだ引退しないかもしれませんね。

映画の後、食事をして、
センター北駅から歩いて10分ほどの、
大塚・歳勝土遺跡(おおつか・さいかちどいせき)公園に行きました。
弥生時代の集落と墓の遺跡があるのですが、
小学生の見学会に出会いました。
02都筑民家園 016

目的はこの遺跡ではなく、同じ公園内の都筑民家園です。
03都筑民家園 025

先日行った、瀬戸屋敷の雛祭りほどではないですが、
ちょっとしたお雛様を飾っているという情報を得たのです。
04都筑民家園 045

05都筑民家園 055

06都筑民家園 061

07都筑民家園 032

08都筑民家園 083

これは、端午の節句用の吊るし雛ですね。
09都筑民家園 052

鯉がいます。
10都筑民家園 047

11都筑民家園 039

12都筑民家園 046

13都筑民家園 037

14都筑民家園 053

15都筑民家園 056

16都筑民家園 078

お雛様は、平成・昭和・大正・明治と4セットありましたが、
この明治のお雛様だけ、男雛が向かって右側にいます。
平成・昭和・大正は左なのです。
あるいは明治雛は京都のものなので、関東と風習が違うのかもしれません。
17都筑民家園 080

民家園の庭で、福寿草を見つけました。
18都筑民家園 097

ケサル大王(映画)

.26 2013 映画 comment(0) trackback(0)
なぜわざわざ小金井くんだりまで出かけていったか。
実は、知り合いから、メールを貰って、
「ケサル大王」というチベットのドキュメンタリー映画を観に行ったのである。
gesar4.jpg
「ケサル大王」はチベットの誇り、世界最長の英雄叙事詩「ケサル大王伝」の主人公。アジアの大河の源、アジアの命の源に誕生した「ケサル大王伝」は民衆の願い、理想を語り部たちが受け継ぎ壮大な物語を創りあげた。ケサル大王は戦に強く4大魔王国、18宗国を知恵と武力で打ち負かし、地上に平和をも たらし、仏教を布教した。一方女性を愛し、お酒を好む、民衆の憧れの英雄。いわば「大王伝」は「チベット生者の書」。中華人民共和国はこの地方を20世紀半ばに占拠、続く文化大革命でケサルを民の毒草とし絶滅の淵に追い込んだ。しかし今、ケサル大王は慈悲の英雄として不死鳥のごとくよみがえっていた。地下資源の大開発と地球温暖化の影響は、ケサルの聖なる地にもおよび、環境破壊が進み牧畜民は草原から追い立てられている。ケサルとともにあった民衆は 今、ケサル大王に何を託しているか? 8年に及ぶ取材で知られざるケサル大王、そして東チベットの現実を追ったドキュメンタリー映画。(作品資料より)

私は、もともと「チベット問題」にそれほど興味を持っていたわけではない。
ところが2000年にオーストラリアのシドニーの販売会社に赴任したら、
部下にチベット人がいたのだ。
彼は、倉庫部門の責任者で、倉庫は本社から車で45分離れていたので、
毎週月曜日の朝、私のところへ報告に来て話を聞いたものである。
彼は一見ちょっとバタ臭い日本人という風貌なのだが、
目が青いのである。
チベット人の目は大体は黒か茶色なのだが、
たまに先祖帰りで青いのも現れるそうだ。

彼の影響で、私はすっかりチベット贔屓になった。
彼は子供の頃、1959年のダライ・ラマの亡命にともなって
国を脱出し、オーストラリアに流れてきたのだとか。
彼は、熱烈なダライ・ラマ信奉者で、オーストラリアの支部長をしていたようだ。
時々一週間単位の有給休暇の許可を求めて私のところに来たが、
理由を聞くと、チベット亡命政府の世界会議に出席するためだった。

そんな訳で、この映画も見にゆく気になった。
上映場所は、武蔵小金井と東小金井の中間にある「現代座ホール」。
古い寂れた映画館という雰囲気の建物が住宅街の中にあり、
地下に50席ほどの舞台ホールがある。
主催者側も予想していなかったようだが、これが満員御礼になったのである。
私はいつも平日の午前中に映画を見るが、観客は人気映画でも30人だ。

映画はチベットの高原の遊牧民の生活を淡々とドキュメンタリーで
追いかけたものである。
(最もそうでないと中国政府の撮影許可が撮れなかったと思う)

なぜ、ヤクを飼ってささやかに暮らしている遊牧民を
共産中国はそっとしておいてくれないのか。
金やレアメタルを採掘するために、草原から彼らを追い出しているという。
なぜ学校教育で、チベット語を廃止し、北京語を強制するのか。
文化大革命の時には、仏教寺院や仏典が随分と廃棄されたようだが、
最近はそれは少しは下火になって、
ケサル大王の信仰や祭りも最近は許されているようだ。

映画は3時半に終わり、その後、「チベット問題を考える会」代表の
小林秀英氏の講演が予定されていたが、
私はそこまで時間的余裕はないので聞かずに帰らせてもらった。

中国政府は、チベットは中国固有の領土であり、
チベット問題は内政問題なので干渉するなという態度だ。
その根拠は元王朝の初期と清王朝の初期に二回、
チベットを征服下においたことがある
というのが理由らしい。

チベット問題に興味のある方は、
片方だけの主張ではあるが、わかりやすいので
ダライ・ラマ法王日本代表部の主張を一度読んで見られると良い。




武蔵小金井駅

.26 2013 身内話 comment(2) trackback(0)
武蔵小金井駅にやって来ました。
46年ぶりです。
駅前はまだ工事中ですが、随分と広々として来ました。
それに、なんといっても駅舎が2階建てになって綺麗になりました。
武蔵小金井 001

昔は、北口と南口を結ぶ矢印の部分は、踏切でした。
中央線が高架になったのは2009年で、つい最近のようですね。
武蔵小金井 002

今から46年前、小金井市桜町の三畳一間の下宿に住んでいました。
確か二食付きで月一万五千円だったと記憶しています。
ラーメンと餃子がそれぞれ50円の時代ですから。

東京から武蔵小金井までは、中央線で小一時間かかります。
その間、家が途切れることなく延々と続いていることは、
島根から上京してきた18の少年には強烈な驚きでした。
「東京は大っきいなー」
三鷹を超え、ようやく武蔵境まで来ると、
麦畑と野菜畑が見えて、ホッとしたことを覚えています。

駅の北口から、北にまっすぐ小金井街道を行き、
玉川上水付近の下宿までの道筋を
今ネットの地図で検索すると
1.8km、徒歩37分と出ます。
その地図をプリントして持って来ました。
地図がなかったら下宿にはたどり着けなかったでしょう。

なにせ、小金井街道は両側にびっしりとビルとマンションが立ち並び、
昔の麦畑の続く見晴らしの良い武蔵野は、もうありません。
昔は畑の中を斜めに横切ったのですが、
そういう道はもう無いので、
一旦玉川上水までまっすぐ突き当たりました。
武蔵小金井 003

上水の中の木々も並木の桜も、
昔はちょろちょろとした小木でしたが、
今や猛々しいほどに成長していました。

沿道をウォーキングしている人にたくさん出会いました。

ウォーキングとかジョギングなんて
贅沢な習慣は昔はありませんでした。
そんなことをしている暇があったら働け、
という時代でしたね。

下宿のご主人は多分一流大学をでて、
第一銀行にお勤めで、それでも二階を4部屋に分割して
下宿屋をしていたほどですから、当時は銀行員もさほど
給料が良くなかったのでしょうかね。

昔の下宿屋の番地には地図のお陰でたどり着いたのですが、
家も変わり、周囲もびっしり家が立て込んでいました。
(昔のご主人は、銀行定年後、退職金で千葉の柏の方に
住み替えをされたというのは知っていましたよ)

小金井に来たついでに、
ちょっとした感傷散歩をして来ました。


世界らん展 カトレア・パフィオ

.25 2013 花(草花) comment(0) trackback(0)
そうはいっても、カトレアとパフィオを見ないと、
ランを見た気がしないという方のために。
(ランの種類については昨年の私の記事「ラン研究」を参照)

カトレアは私にとっては、なんとも色っぽく、女の化身に見えますね。

01蘭 236 02蘭 295 03蘭 256
Cattleya
04蘭 293 05蘭 251 06蘭 249
(写真はクリックで拡大)
07蘭 247 08蘭 244 09蘭 290


最後に、パフィオペディルム。

11蘭 272 12蘭 264 13蘭 265
Paphiopedillum
14蘭 345 15蘭 275 16蘭 269

17蘭 274 18蘭 268 19蘭 267


左のパフィオの袋状の弁唇を見ると、
右の日本固有種のクマガイソウとよく似ています。
10蘭 258-1 クマガイソウ比較用

クマガイソウもラン科だということがよく分かります。

以上で、世界らん展のレポートを終わります。
5回にわたって長々とお付き合い頂きまして、
ありがとうございました。

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