花燃ゆ世界遺産

.20 2015 旅と観光 comment(0) trackback(0)
8月10日(月)、
久しぶりに次男が島根の実家に帰ってきたので
萩にでも行ってみるかと衆議一決。
お隣の山口県とはいっても山陰道には高速道路はないので
海沿いの道を3時間走る。

萩をどこから攻めたらいいのかよくわからないので、
とりあえず城跡に行ってみることにした。
城はすべて取り壊されて建物は残っていない。
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宮島で船に乗ったらいい写真が撮れたことに味を占めて
「萩八景」を見せるという遊覧船に乗った。
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海の上から見た、城跡のある指月山。
海岸の石崖は下関戦争に負けて慌てて築いたものらしい。
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萩の町は二つの大きな川に挟まれた三角州の上に作られていて、
水上交通の発達した城下町だったことがよく理解できた。

ここまでで既にお昼。お城の前の土産物屋で昼食をとることに。
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「夏みかん寿司」定食を注文したのだが、これがさっぱりおいしくない。
フグのから揚げが付いているのが救いだった。
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いよいよ城下町の散策。
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萩の町自体が世界遺産になっているらしいのだ。
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こいう白壁が続く街並みは文句のつけようがない。
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これは菊屋という豪商の家。
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高杉晋作の家は上級武士だけあって、城の近くの地区にある。
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なかなかいい家だ。
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「日本を動かした男がここに居た」
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町中に「花燃ゆ」の幟があって、
とにかくこれで売ろうという意気込みが感じられる。
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この後、萩博物館でボランティアガイドの人に、
倒幕の資金はどこから出たかをしつこく質問した。
薩摩が琉球を通して砂糖の専売と密貿易で財を成したのは有名な話だが、
長州が金を持っていたという話はあまり聞かないからである。
革命は気合だけではできない。
高杉晋作が7千挺ものミニエー銃をどうして買えたのか知りたかったのである。

ボランティアさんの説明によれば、
長州藩は表向き36万石ということになっていたが、
新田開発を隠して二重帳簿を作り、実際は百万石くらいになっていて
この米を大阪で売って金を蓄えていたらしい。
それ以外にも、紙・塩・蝋の生産を奨励し、米と合わせて四白政策と呼んだとか。
ほかには下関で通行料をとり、
廻船問屋相手に倉庫業や金融業もやっていたのだそうである。
なるほど、ひそかに金持ち藩になっていたわけだ。

こういうお勉強をしたあとで、松本川を越えて、
下級武士の住んでいた郊外へ向かう。

松陰神社。
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花燃ゆ世界遺産で売ろうという意気込みはここにもあったが、
この絵はいかにも下手くそだ。
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植込みの竹に何やら看板が立っている。
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「孝行竹」。横に広がらないのだそうだ。
実家の竹林が広がりすぎて困っている私にとっては、
なんとも羨ましい竹だった。
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松下村塾。これぞ、明治維新を推進した多くの人材を輩出した
世界遺産だ。
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入門者が増えて建て増しをしたというが、それにしても小さい家だ。
吉田松陰がここの先生をしたのは28歳でわずか一年間。
彼の思想や教えは何だったのか、調べてもよくわからない。
Wikipediaによれば、朝鮮・満州・ルソンを征服せよ言っていたらしい。
私のつたない知識では、脱藩したり、根回しもしないで密航しようとした
おっちょこちょいとしか思えないのだが。
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松陰の生家がある丘に車を回してみた。
萩の町が眼下に一望できて素晴らしい。
午後三時で逆光の写真しか撮れなかったが、
午前中か、あるいは午後7時ころの夕日が海に沈むころは
すばらしい絵が見れると思われる。
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この碑は山縣有朋の揮毫である。
内閣総理大臣ではなく門下生と書いたところが
いかに彼が心酔していたかを表している。
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吉田松陰のお墓。賽銭箱まである。
とにかく長州人にとって人気ナンバーワンらしい。
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これは世界遺産ではないが、昔の鋳物工場の跡らしい。
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こういう風にして大砲を鋳造したとある。
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しかしこの当時の大砲は、下関戦争で外人さんが占拠上陸したときに
皆持ち去られて今は残っていないそうだ。
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萩市内見学を終えて、益田方面へ帰る途中で立ち寄った
セブンイレブンの駐車場の上に世界遺産があった。
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反射炉だという。
炭を燃やした熱を炉の壁に反射させて鉄鉱石に当てるので
燃料と鉄が混ざることなく良質の銑鉄ができるらしい。
それにしてもちゃちだ。
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すぐそばには山陰本線が走っているので、
向こう側から狙えば反射炉をバックにした汽車の写真が撮れるかも。
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さらに北上して益田方面に帰る途中に、
笠山という半島がある。
これは桜島のような火山の残骸で、この噴火のせいで
萩の周りの日本海の島々ができたのだそうである。
萩の町の素晴らしい眺望を期待してきたのだが、
逆光で残念。
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7時まで待てば日没が見えるのかもしれない。
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それにしても暑い一日だった。
次回来ることがあるとすれば、
笠山の椿群生林が咲く三月がいいかもしれない。
しかも午前中に。

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