島根三大銀杏

.25 2016 島根県 comment(0) trackback(0)
花を追っかけるのが私の趣味ですから、
島根三大イチョウを追って県内を移動してみました。

一番目は上有福のイチョウ(江津市上有福)。
実家の近くにあるので11月22日の午後に訪れました。
上有福の駐在所の前、公民館の裏に立っていました。
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小さな祠が木の前にあり、江津市の説明板がありました。
それによると、樹齢1000年といわれ、
「神代の昔、天の神様が雄雌二粒の種子を落とし、
雌木の生えた所を都にすると言われたが、
ここの木は雄木だった為に有福は都になれなかった」
という神話があるそうです。
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上のほうに何やら赤いものが見えます。
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なんと、ハゼノキが寄生しているのです。
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二番目は、浄善寺のイチョウ(大田市三瓶町池田)
11月23日、横浜への帰り道の途中で立ち寄りました。
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ちょうど今が見ごろです。
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道はまさに黄色の絨毯。
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朝日の中で輝いていました。
こんなに見事な独立木は見たことがありません。
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中庭もイチョウの葉がびっしり。
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説明板によると、浄善寺のイチョウは、樹齢600年で、
八劔神社(福岡県水巻町)と韓国慶州北道善山郡玉城面農所のイチョウと
同じDNAタイプ(西日本タイプ1x東日本タイプ2)を持つと鑑定されているとのこと。
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そして三番目は金言寺のイチョウ(奥出雲町大馬木)。
カーナビで目的地に近づいたのに、
黄色のイチョウの木が見当たりません。
「ひょっとして、あれかしら」
「いや、あれは桜の木だよ、それにしても立派な木だな」
なんと、すべての葉は落ちていて、しかも葉は枯れ果て、
黄色のかけらもありません。
午前中に浄善寺で素晴らしい銀杏を見てきたばかりですよ。
大田市と奥出雲町では、相当気温の差があるのですね。
これでも同じ日の午後の写真です。
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茅葺きのお寺の前の田んぼには水が張ってあって、
この水に映る逆さイチョウがカメラマンに大人気なのです。
しようがない、またいつかリベンジです。
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このイチョウは、樹齢700年。
鎌倉時代に、宗旨をかけて日尊上人と囲碁の対戦をし、
それに敗れた当山の住職が碁盤を庭先に置いたところ、
その碁盤から萌芽したとの伝説があるそうです。

それぞれのイチョウにはそれぞれの伝説があり、
これを否定するのはサンタクロースがいないよというのと同じで
無粋極まりないのですが、上の樹齢と伝説は全てうそです。

以前の記事にも書きましたが、
銀杏(いちょう)は、
実は中国から室町時代の15世紀に入ってきたものだそうです。
中国でも書物に現れるのは、宋代11世紀で、
元代14世紀にようやくギンナンが食用になったとのこと。

確かに、日本の古代の書物に出てきません。
彼岸花と同じで、清少納言、兼好法師、西行法師も触れていないし、
古今・新古今の和歌集などにも出てこない。
昔の歌詠みがこの木の色づきを見て何も詠まない方がおかしいのです。

ということは、鎌倉時代には日本に存在しなかったわけで、
鶴岡八幡宮の銀杏の木は公暁が実朝を暗殺したときは
存在しなかったことになりますね。
あの鶴岡八幡宮の木は倒れた時に年輪が測定できたはずなんですが
一体樹齢何年だったのでしょうか。
日本の銀杏の木の樹齢は一番古いもので500年くらいにしかならない。
樹齢1000年なんていうのはうそですね。
おそらく人々の目に触れるようになったのは江戸時代後期でしょう。
芭蕉ですら俳句に詠んでいないのですから。

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