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奥の細道むすびの地

.03 2018 中部 comment(0) trackback(0)
何でこんなところに芭蕉の像が?
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奥の細道の結びの句は
「蛤のふたみに別かれ行く秋ぞ」

ここ大垣(岐阜県)は芭蕉の奥の細道むすびの地なのだそうです。
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元禄2年(1689年)3月27日に江戸を発って、奥州、北陸を経て、
ここ大垣で旅を終え、9月6日には大垣の俳人たちに見送られ、
伊勢神宮遷宮参拝のため、ここ船町湊から桑名へ船で下りました。

水門川をぐるっと回ってみます。
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昔風の家並みに、しゃれた「お休み処」や「なごみ処」があります。
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写生をする親娘。
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桜の季節はこの赤い橋は人出でにぎわうのでしょうかね。
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奥の細道むすびの地記念館に入ってみました。
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記念館の中には、大垣藩の藩老、小原鉄心の別荘
「無何有荘(むかゆうそう)」が移築されていました。
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記念館のなかには奥の細道の詳細なパネルがあって
ひとしきり、芭蕉の勉強をした後は
大垣城へ。
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関ケ原の戦いでは西軍の本拠地でしたが、
戦の後、戸田十万石の居城として明治まで続きました。
国宝でしたが昭和20年に戦災で焼失したそうです。
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お城の隣の裁判所の掲示板です。
口頭弁論期日呼び出し状?
こんなもの、今どき誰がここで読むというのでしょうか。
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大垣から伊吹山へ行く道の途中に
「関ケ原決戦の地」がありました。
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