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七は「ひち」である

.04 2020 読書 comment(0) trackback(0)
「京都ぎらい」の著者井上章一は、
この本のあとがきで次のように書いている。
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「そもそも七に「しち」という読み方がありうると、
私はながらく思ってこなかった。
ようやく四十歳代をむかえてからなのである。
現行の国語、中央政府のきめる日本語が、
七を「しち」にしていると、知ったのは。
 (中略) ああ、私の信じる「ひち」は、
国家権力の手先により弾圧されたのだ」

京都市の嵯峨野に生まれ
京都大学に学び、宇治に住んでいる著者
井上章一は京都府から出たことがなかったため、
41歳の時に本を出版するにあたって
朝日新聞出版局から初めてこのことを知らしめられて、
抵抗したものの押し切られたのである。

私、豊栄のぼるも島根県の石見地方で育ち、
18の年に東京に出るまで七は「ひち」だと信じていた。
東京で「しち」に出会い、
以後やむなく「しち」と言わねばならない場合は、
発音しにくいので「なな」ということにしている。
田舎者とさげすまされることを恐れたのだ。

今ネットで調べてみると、
静岡県から西は「ひち」と発音しているようだ。
島根の石見地方の友人にもラインで聞いてみた所、
だいたいは「ひち」と発音しているが、
子供や孫の中には「しち」と発音するものもいるようだ。
学校教育とNHKのせいだろう。
しかし小学校で九九を覚える時に
七の段の発音はどうしているのだろうか。
「しちしちしじゅうく」なんてとても発音できるものではない。
「ひちひちしじゅうく」のほうがはるかに楽だと思うのだが。

著者は京都大学建築学科の学生時代、
綾小路新町の杉本家住宅の九代目当主、
故杉本秀太郎氏にインタビューした時、
「君、どこの子や」とたずねられ、
「嵯峨からきました。釈迦堂と二尊院の、ちょうどあいだあたりです」と答えると
「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥(こえ)をくみにきてくれたんや」
と言われたという。
この時の屈辱感が著者に「京都ぎらい」というこの本を書かせたようである。
2020-01-04 (1)

京都の洛中に住む人間は洛外に住む人間を徹底的に見下しているという。
私は修学旅行で天龍寺に行き、
渡月橋から嵐山を眺めてこれが京都だと思ったものだが、
洛中の住人は、嵯峨は京都ではないというのだ。
宇治などに住んでいるとなおさら京都の人間だとは思ってもくれないらしい。
京都も中華思想の持ち主なのだ。
中国に近い韓国が遠い日本をさげすむのと同じである。

京都以外に住んでいる人にお勧めの本である。

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