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あさのあつこ

.23 2012 読書 comment(0) trackback(0)
あさのあつこ 008


あさのあつこの弥勒シリーズに只今夢中。

「あさのあつこ」の著作では、以前「バッテリー」を感動して読んだ。
成長する少年たちの真剣な心のやり取り、その心理描写の見事さ、
切れのいい文章に魅せられたものだ。

今回、偶々本屋の店頭においてあった、「夜叉桜」を手にとった。
へー、あさのあつこが時代小説を書いている。
解説を今年の本屋大賞「舟を編む」の作者
三浦しおんが書いているではないか。
ついつい買ってしまった。

読み始めてすぐにぐんぐん引き込まれてゆく。
途中で、これは前作があるのではないかと気づいた。
結局一冊目の「弥勒の月」、
三冊目の「木練柿」も買って読む羽目になった。

主人公は、偏屈で拗ね者で意地悪で気まぐれだが、
人の心の動きに敏感な切れ者の同心小暮信次郎。
その岡っ引きである伊佐治。
そして、元は武士らしきなぞの男、小間物問屋の若主人遠野屋清之介。

この三人の心のやり取りを中心に物語は展開してゆく。

第三巻の「木練柿」の中から原文を引用してみる。

遠野屋の言葉はそれを投げかけられた相手の心に触れて、心地よく揺するのだ。おみつだけではない。この店の誰もが、いや、遠野屋に接した誰もが濃淡はあっても感じる情動ではあるまいか。
 このお方は誰よりもわたしをわかってくれている。ならば、このお方のために精進しよう。尽くそう。命を賭けよう。


信次郎のように容赦なく相手を切り裂き、臓腑ごと真実を引きずり出そうとする男と、遠野屋清之介のように柔らかく包み込み意のままに操ってしまう男と、さて、どちらが危殆なのか。


「わかるもんかね。おりん、おまえはね、今、男に惚れて目が眩んでいるだけさ。半ちくを優しい、粗暴を男らしい、言葉足らずを奥ゆかしい、そんなふうに取り違えて、何でもかんでもよく思えているだけなんだよ」


おりん、夫婦ってものはね、これでいいんだよ。切羽詰まったぎりぎりのところで向かい合うものじゃなく、一日一日をやんわりと二人で生きていくもんなんだよ。おまえは、それをいつ知るんだろうねえ。


祝言をあげ、夫婦になる。睦みあい、子をつくる。その子を育て、商いに精を出し、ゆるりゆるりと老いていく。単純でまっとうな枠組みがいる。その枠内で暮らしていく。


という具合である。

ちょっと変わった時代小説だ。


遠野屋清之介が引きずる武士の時代の過去は三巻では決着がつかず、
更に進展してゆく。

第四巻目がすでに発売されていたのだが、
これはハードカバー単行本で1600円もする。
文庫本で600円になるまで辛抱することにした。
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