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ケサル大王(映画)

.26 2013 映画 comment(0) trackback(0)
なぜわざわざ小金井くんだりまで出かけていったか。
実は、知り合いから、メールを貰って、
「ケサル大王」というチベットのドキュメンタリー映画を観に行ったのである。
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「ケサル大王」はチベットの誇り、世界最長の英雄叙事詩「ケサル大王伝」の主人公。アジアの大河の源、アジアの命の源に誕生した「ケサル大王伝」は民衆の願い、理想を語り部たちが受け継ぎ壮大な物語を創りあげた。ケサル大王は戦に強く4大魔王国、18宗国を知恵と武力で打ち負かし、地上に平和をも たらし、仏教を布教した。一方女性を愛し、お酒を好む、民衆の憧れの英雄。いわば「大王伝」は「チベット生者の書」。中華人民共和国はこの地方を20世紀半ばに占拠、続く文化大革命でケサルを民の毒草とし絶滅の淵に追い込んだ。しかし今、ケサル大王は慈悲の英雄として不死鳥のごとくよみがえっていた。地下資源の大開発と地球温暖化の影響は、ケサルの聖なる地にもおよび、環境破壊が進み牧畜民は草原から追い立てられている。ケサルとともにあった民衆は 今、ケサル大王に何を託しているか? 8年に及ぶ取材で知られざるケサル大王、そして東チベットの現実を追ったドキュメンタリー映画。(作品資料より)

私は、もともと「チベット問題」にそれほど興味を持っていたわけではない。
ところが2000年にオーストラリアのシドニーの販売会社に赴任したら、
部下にチベット人がいたのだ。
彼は、倉庫部門の責任者で、倉庫は本社から車で45分離れていたので、
毎週月曜日の朝、私のところへ報告に来て話を聞いたものである。
彼は一見ちょっとバタ臭い日本人という風貌なのだが、
目が青いのである。
チベット人の目は大体は黒か茶色なのだが、
たまに先祖帰りで青いのも現れるそうだ。

彼の影響で、私はすっかりチベット贔屓になった。
彼は子供の頃、1959年のダライ・ラマの亡命にともなって
国を脱出し、オーストラリアに流れてきたのだとか。
彼は、熱烈なダライ・ラマ信奉者で、オーストラリアの支部長をしていたようだ。
時々一週間単位の有給休暇の許可を求めて私のところに来たが、
理由を聞くと、チベット亡命政府の世界会議に出席するためだった。

そんな訳で、この映画も見にゆく気になった。
上映場所は、武蔵小金井と東小金井の中間にある「現代座ホール」。
古い寂れた映画館という雰囲気の建物が住宅街の中にあり、
地下に50席ほどの舞台ホールがある。
主催者側も予想していなかったようだが、これが満員御礼になったのである。
私はいつも平日の午前中に映画を見るが、観客は人気映画でも30人だ。

映画はチベットの高原の遊牧民の生活を淡々とドキュメンタリーで
追いかけたものである。
(最もそうでないと中国政府の撮影許可が撮れなかったと思う)

なぜ、ヤクを飼ってささやかに暮らしている遊牧民を
共産中国はそっとしておいてくれないのか。
金やレアメタルを採掘するために、草原から彼らを追い出しているという。
なぜ学校教育で、チベット語を廃止し、北京語を強制するのか。
文化大革命の時には、仏教寺院や仏典が随分と廃棄されたようだが、
最近はそれは少しは下火になって、
ケサル大王の信仰や祭りも最近は許されているようだ。

映画は3時半に終わり、その後、「チベット問題を考える会」代表の
小林秀英氏の講演が予定されていたが、
私はそこまで時間的余裕はないので聞かずに帰らせてもらった。

中国政府は、チベットは中国固有の領土であり、
チベット問題は内政問題なので干渉するなという態度だ。
その根拠は元王朝の初期と清王朝の初期に二回、
チベットを征服下においたことがある
というのが理由らしい。

チベット問題に興味のある方は、
片方だけの主張ではあるが、わかりやすいので
ダライ・ラマ法王日本代表部の主張を一度読んで見られると良い。




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